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長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ドン・ジョン』

2018-02-04 | 映画レビュー(と)

ソフトマッチョでイケメンのモテモテ男、でも毎日AVでヌクのがどうにもやめられない。そんな現代のイタい“ドン・ファン”ならぬ主人公ドン・ジョンを描くラブコメディだ。スマートなテンポ運びとユーモラスなダイアログからは監督・脚本・主演兼任のジョゼフ・ゴードン=レヴィットが都会派コメディを目指したのが伝わってくる。小気味いい出来栄えだ。

レヴィット自ら演じる主人公の造形が面白い。毎夜ガールハントに余念がなく、モテるためならワークアウトも欠かさない、自分大好きなチャラ男だ。“オカズ”選びにも同じくらい熱心で、いかにどれだけ気持ち良くヌケるのか、オナニーを極めた男でもある。こういう奴は何かとカウントをするもので、毎週しっかり通い続ける教会ではヤった人数とヌイた人数を報告して神父をうんざりさせている。運転をすれば他人の車にヤジを飛ばす意地の汚い奴だ。ヤだねー、こういう男!!

そんな彼が美女スカーレット・ヨハンソンに一目ぼれする。自分の魅力を心得たスカジョはハンパじゃない。滴り落ちんばかりにフェロモンを発散させ、男がヌキたくなる理想のエロい美女を体現してみせる。当然、ドン・ジョンは首ったけになるが、なかなかどうしてガードが固く、一向にヤらせてもらえない。付き合ううちに意外やおカタいお家の出身で、少女趣味なお嬢さんである事がわかってきて…。

 セックスの対象としか異性を見ないドン・ジョンと、自分好みに相手をムリヤリ改造しようとするスカジョというワガママな二人を通して一方通行な恋愛から同棲、結婚へと発展していく物語かと思いきや、ジュリアン・ムーアの登場によって最高のセックス、無償の愛というテーマに映画はシフトしていく。試みは面白いが、テンポはややペースダウン気味で弾けない。何より“レヴィット×スカジョ”というスター共演の恋愛コメディのセオリーからすると拍子抜けな感は否めない生真面目さがタマにキズだ。


『ドン・ジョン』13・米
監督・出演 ジョゼフ・ゴードン=レヴィット
出演 スカーレット・ヨハンソン、ジュリアン・ムーア、ブリー・ラーソン
 
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『ドリーム』

2017-10-26 | 映画レビュー(と)

僕は歴史の負の遺産に向き合うアメリカ映画の健やかさが好きだ。
1961年、ヴァージニア州。未だ人種差別が色濃い時代にNASAで宇宙開発に携わった黒人女性たちがいた。数学の天才である彼女らはやがてアメリカの宇宙開発計画“マーキュリー計画”に関わる事になる。原題は“Hidden Figures”=「知られざる人々」だ。

脚本も手掛けたセオドア・メルフィ監督の演出は俳優陣から活気あふれるアンサンブルを引き出し、時にユーモラスなまでの陽性のオーラが映画に満ちていて実に気持ちがいい。そんな映画の性格は冒頭から明らかだ。故障した車で立ち往生する3人の主人公たち。ブ厚い眼鏡をかけたタラジ・P・ヘンソンが切符のいい姉御イメージを翻して天才数学者キャサリンを妙演。オクタヴィア・スペンサーは後にNASA初の黒人女性管理職となるドロシーをさすがの巧さで演じている。この年、アカデミー受賞作『ムーンライト』でもキュートな魅力を発揮したジャネール・モネイはここでも楽し気だ。この場面から一気に引き込まれてしまう。

NASA勤務とはいえ、彼女ら黒人が働くのは1Km近く離れた別館だ。配置換えで本館勤務となったキャサリンだが、信じがたい事に当時は白人と有色人種のトイレは別々で、彼女は何度もトイレと職場を往復する羽目になる。この“歩み”という運動こそ本作のテーマであり、映画は時に集団で、時には白人にその道を走らせる反復を繰り返し、僕たちは先人たちの苦難の歴史を垣間見る事となるのだ。至極シンプルな映画的動体運動にテーマを託したメルフィの演出がいい(ファレル・ウィリアムスによる当時のゴスペルミュージックを模したオリジナル楽曲も楽しい)。

彼女らは優れた才能を持っていたが、天才だから事態を打開できたわけでは決してない。夜学に通い、独学で勉強してキャリアアップをし、成功を手にした。古今東西どこにでもある職場の愚痴から言葉面ではないワークライフバランスを手にしていく展開は“ワーキングドラマ”としても楽しい。彼女達に対して次第に認識を改めていく上司役ケヴィン・コスナーがようやく“アメリカの良心”を取り戻して快演。一方、「私は差別意識はないから」と公言しながら自身の差別意識に気づいていない上司をキルステン・ダンストが巧演、俳優として理想的な年齢の重ね方を見せている。

名画座で二本立てをやるならカップリングは83年のフィリップ・カウフマン監督作『ライトスタッフ』だろう。
あの映画でエド・ハリスが演じた宇宙飛行士ジョン・グレンの有人打ち上げが『ドリーム』のクライマックスとなり、サム・シェパード演じたチャック・イェーガーに訪れた時代の黄昏が本作にも一瞬、射し込む。
 しかし、どんなに文明や科学が発展してもそれを成すのは人間だ。僕たちは混迷の現在、自らの力で時代を切り拓いた彼女らの努力、融和に学ぶべきだろう。批評家賞寄りとなってしまったオスカーでは3部門ノミネートに留まったが、本作の持つ同時代性は候補作中1番の大ヒットにつながった。『ラ・ラ・ランド』『ムーンライト』よりも本作こそが作品賞に収まりが良かったのではないだろうか。


『ドリーム』16・米
監督 セオドア・メルフィ
出演 タラジ・P・ヘンソン、オクタヴィア・スペンサー、ジャネール・モネイ、ケヴィン・コスナー、キルステン・ダンスト、マハーシャラ・アリ
 
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『とらわれて夏』

2017-10-07 | 映画レビュー(と)

デビュー作『サンキュー、スモーキング』以来、『ジュノ』『マイレージ、マイライフ』と3打席連続ホームランのジェイソン・ライトマン監督が初の空振りとなってしまったメロドラマ。続く『ステイ・コネクテッド』もさほど話題に上がらないままDVDスルーとなってしまい、早くも日本ではB級扱いになってしまったのが惜しいばかりだ。

しかし、ジョイス・メイヤードの原作小説をライトマン自らが脚色した本作は擁護の余地がないほど凡庸で、彼らしい機知が見当たらない。夫に去られ、愛を失ったケイト・ウィンスレットとその息子のドラマの一体どこにライトマンの視点があるのか。2人の人生を揺さぶる囚人ジョシュ・ブローリンの存在は夫の代わりであり、父の代わりである。2人を癒すためだけに存在する彼は物語上、何とも都合の良いキャラクターで安易だ。

ケイト・ウィンスレットは『レボリューショナリー・ロード』『リトル・チルドレン』と続く本作で人生に絶望し、愚かな夢想をする人妻役が十八番となった。ふくよかな肉体は彼女が生娘の頃、さぞかし美しく、恵まれた少女時代であったかを想起させ、それがより無残さを際立たせる。しかしその心の奥底には女としての悦びを求める情動がほのかに香る。熟れ落ちる寸前のエロス。彼女を見るだけでも一見の価値がある。

 だが主人公はやはり彼女の息子だろう。自分たちを捨てた父を憎み、母親に家族以上の愛情を感じる彼は思春期の扉の一歩前にいる。そんな苛立ちや欲求不満に踏み入り切れないライトマンの演出は本作を“永遠の夏休み”へと昇華し切れなかった。少年時代の終わりを告げる、誰もが通過したイニシエーションの物語になるハズではなかったのだろうか。


『とらわれて夏』13・米
監督 ジェイソン・ライトマン
出演 ケイト・ウィンスレット、ジョシュ・ブローリン、ガトリン・グリフィス、トビー・マグワイア
 
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『20センチュリー・ウーマン』

2017-07-03 | 映画レビュー(と)

感触は確かに憶えているのに、それを言い表す言葉が見つからないことがある。
少年時代に好きだったあの娘のこと。自分に新しい世界を教えてくれた年上のひと。そして、母親という存在。近すぎるばかりにわからなかったが、思春期を過ぎる頃には母も女であり、1人の人間である事が急に見えてくる。

マイク・ミルズ監督はまるで思い出したままかのように1979年の15歳を振り返り、彼女らに好きなように喋らせる。ミルズの回想かと思えば、彼女たちの一人称となり、しかも自分が死んでからを振り返ったりもする奔放な筆致だ(アカデミー賞ではオリジナル脚本賞にノミネートされた)。この私映画を彩る3女優は彼女らのフィルモグラフィの中でも格別に魅力的に撮られており、ミルズは忘れられない人々をスクリーンへ焼きつける事に成功している。

愛情過多で進歩的な母親役はアネット・ベニング。近年、ハリウッドでこれほど理想的に年齢とキャリアを積み重ねてきた女優は稀ではないだろうか。時代の荒波に立ち向かい、ワーキングウーマンとして独立独歩で生きてきた逞しさの陰には、間もなく時代を去ろうとする者の寂寥感も滲む。そんな自らの老いを臆する事なくフィルムに残した彼女のパフォーマンスにはキャリアの集大成とも呼べる味わいがあり、アカデミー賞に見落とされたのが惜しまれる。

写真家アビーに扮したのはグレタ・ガーウィグ。
『フランシス・ハ』の印象が強かったせいか、どこかあか抜けない美人のイメージだったが、ここではデヴィッド・ボウイに憧れるパンキッシュなアーティスト役でクールで鮮やかにイメージカラーの赤を纏った。『ジャッキー』でも実に控え目な助演ぶりだったがこの人、正統派美人で“役者”である。今後の飛躍が楽しみだ。

主人公が恋する相手であり、おそらくミルズにとって誰よりも想い入れの深かったのがエル・ファニングが演じたジュリーではないだろうか。ファニングは自身が持つ16歳の被写体としての刹那、特別性に自覚的であり、スラリと伸びた手足は15歳から見ればたった2つの年の差でありながら、幾分も大人びて見える。そんな少女期と大人の狭間にある美しさがエルには備わっており、多くの観客はもちろん、作家監督たちを魅了するのだろう。

 1979年、カーター大統領は「アメリカの自信の喪失」というTVスピーチを行った。その言葉はいみじくも混迷する現在(=いま)をこそ指すものであり、フェミニズムの興盛はレイシズムへのカウンターとして今再び勃興する2016年の景色と重なるものがある。本作の素晴らしさは単なる私小説の域を超え、現在へと時代をつないだ20世紀の女達への讃歌なのである。


『20センチュリー・ウーマン』16・米
監督 マイク・ミルズ
出演 アネット・ベニング、グレタ・ガーウィグ、エル・ファニング、ルーカス・ジェイド・ズマン、ビリー・クラダップ
 
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『トワイライト・サーガ/ブレイキング・ドーンPart2』

2017-06-09 | 映画レビュー(と)

 『エイリアン』も真っ青の出産シーンで全米ティーン女子を震え上がらせたシリーズ完結編後半。
こんなスッカスカの話を計4時間もの大作に膨らませたおかげで、Part1は“ロブ様とクリステンのハネムーンごっこがひたすら続くだけ”という目眩のする内容だったが、こちらは見せ場をグッと凝縮。エドワード&ベラらヴァンパイア、狼男連合軍とイタリア系ヴァンパイア軍団がひたすらお互いの首を引っこ抜く一大ゴア大決戦というまさかの仕上がり。しかも夢オチ!!

今となってはクローネンバーグ組の常連へと成長したロブ様と、方やセザール賞女優となったクリステンを輩出した出世作としての価値はあるものの、大の大人が楽しむにはスリルもロマンスも乏しい。拗ねた心にはただ一言「ヴァンパイアって飽きませんか?」という言葉しか浮かんでこなかった。

 そうそう、本作の後
『インターステラー』に出演し、マシュー・マコノヒーを星の彼方から呼んだマッケンジー・フォイちゃんがベラとエドワードの子として登場。絶世の美少女っぷりで物語のキーとなるには十分な説得力。習わしだが何かは知らないが幼少期からツバつけてる狼男テイラー・ロートナーはロリコンにしか見えないよ!!


『トワイライト・サーガ/ブレイキング・ドーンPart2』12・米
監督 ビル・コンドン
出演 クリステン・スチュワート、ロバート・パティンソン、テイラー・ロートナー、マイケル・シーン、ダコタ・ファニング、マッケンジー・フォイ
 
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