長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『テトリス』

2023-04-25 | 映画レビュー(て)

 自分語りで恐縮だが、僕の家には1989年の時点でファミコンがないにも関わらず、発売したばかりのゲームボーイがあった。最新ゲーム機がろくろく手に入らない昨今から振り返ると、北海道の田舎で両親はよくぞ買ってきてくれたと思う。ソフトは『スーパーマリオランド』と『テトリス』だった。今でも覚えていることが2つある。ゲーム中の背景画“赤の広場”と“ロシア民謡”だ。『テトリス』と言えばすぐにあのメロディラインを口ずさむことができるが、なぜロシア民謡が使われているのか本作を見るまでついぞ知らなかった。

 1988年、ゲーム開発者で実業家のヘンク・ロジャースは任天堂が発表を控える携帯用ゲーム機ゲームボーイ向けのソフトとして『テトリス』のライセンスを取得すべく、“鉄のカーテン”の向こうは権利元ソ連へ渡る。『テトリス』はソ連の技術者アレクセイ・パジトノフが制作し、既にPC用ゲームとして西側へライセンス権が流通していた。映画はヘンクをはじめとした各社によるライセンス権争奪戦と、それを翻弄する共産主義ソ連の陰謀を描いている。リミテッドシリーズでやってもおかしくない密度のストーリーを、随所に8ビット風映像を挟みながらテンポ良く見せていくスピード感はまさに『テトリス』の高レベル版。80年代ポップソングをふんだんに盛り込んで、ゲーマー以外にも訴える楽しさがある。ソ連脱出のサスペンスは結末がわかっていてもハラハラさせられてしまった。TVシリーズ『ブラック・バード』に続いての主演作となったタロン・エガートンは早くもAppleTV+の顔といったスターの華で、主演俳優として頼もしい成長ぶりだ。

 『テトリス』の世界的大ブレイクから程なくしてソ連は崩壊。それは腐敗政治をも終わらせることになるが、四半世紀を経た現状は御存知の通りである。開発秘話に留まらず、ロシアによるウクライナ侵攻が起こっている今こそ強い意味を持つ、時宜を得た娯楽作となった。


『テトリス』23・英
監督 ジョン・S・ベアード
出演 タロン・エガートン、ニキータ・エフレーモフ、トビー・ジョーンズ、ソフィア・レベデバ、アンソニー・ボイル、ベン・マイルズ、文音
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『デュエリスト 決闘者』

2021-11-15 | 映画レビュー(て)

 1977年、リドリー・スコット40歳の長編初監督作は既に巨匠の風格だ。19世紀ヨーロッパ、ナポレオン軍の士官2人が決闘に取り憑かれ、20年間にわたって死闘を繰り広げていく。画家として勉学を積んだリドリーの映像は全てのショットが絵画のように美しく、これは後年『グラディエーター』にはじまる史劇作品でより大きなキャンパスへと変わっていく事になる。ほとんどエイリアンのような不条理さのハーヴェイ・カイテルから果たし合いを挑まれた主人公キース・キャラダインは、はじめこそ渋々ながらそれを受けていたものの、度重なる再戦にいつしか自ら身を投じていくようになる。彼らを突き動かすのは煮ても焼いても食えない“名誉”というやっかいな代物だ。スコットはぞんざいに扱われる女たちを通じて既にこれを愚かで有害な男らしさと看破しており、最新作『最後の決闘裁判』の“下絵”はまさに本作である事がよくわかる

 サーベルとレイピアで異なる剣撃の効果音など、後に完全統制されるリドリー組のスタッフワークはこのデビュー作から窺い知ることができる。まさにデビュー作にこそ監督の全てがあるのだ。


『デュエリスト 決闘者』77・英
監督 リドリー・スコット
出演 キース・キャラダイン、ハーヴェイ・カイテル、エドワード・フォックス、アルバート・フィニー
 
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『DUNE デューン 砂の惑星』

2021-11-04 | 映画レビュー(て)

 フランク・ハーバートの人気SF小説、再々度目の映像化となるこのドゥニ・ヴィルヌーヴ版は先頃、興行的成功を受けてPART2の製作が正式決定した。ヴィルヌーヴは続編制作の担保なしにこの第1弾を作り上げていたのだ。そこには少年時代から『DUNE』映像化を夢見てきたヴィルヌーヴの絶対的な自信と確信があったのだろう。亡国の王子ポールが砂漠の民を率いて帝国に反旗を翻し、やがて銀河の救世主へと成長していく…『スター・ウォーズ』や『風の谷のナウシカ』等、多くのフォロアーを生み出した元祖にして王道である原作のナラティヴを信じたヴィルヌーヴの語り口は驚くほど遅く、サンドワームを呼び寄せる機械のように一定している。先行するホドロフスキー版やデヴィッド・リンチ版のような歪んだフェチズムもなく、まるでDUNEの伝説を詠う吟遊詩人の如く原作に殉じているのだ。これを退屈と取るヴィルヌーヴファンも少なくないだろうが、どうやら原作ファンにとっては“完璧な挿絵”と映るらしい。

 これまでのヴィルヌーヴ映画との違いはスタッフ陣の名前からも明らかだ。音楽ヨハン・ヨハンソンは既に亡く、前作『ブレードランナー2049』をベンジャミン・ウォルフィッシュと共作したハンス・ジマーが専任。ヴィルヌーヴ同様、原作の熱烈なファンであったと公言しているジマーはもう少し自制できなかったものか(ノーランから007、DCまで手掛ける巨匠は独禁法に抵触しないのか?)。
またヴィルヌーヴ映画の“顔”とも言える撮影ロジャー・ディーキンスもいなければ、『メッセージ』ブラッドフォード・ヤングの姿もなく、『ゼロ・ダーク・サーティ』『LION』のグレッグ・フレイザーが撮影を担当している。物語と共にカメラも凄味を増していくディーキンスの不在は、これまでのヴィルヌーヴ映画がいかにこの名撮影監督に依っていたかを浮き彫りにしている。

 そしていつになくオールスターキャストだ。ティモシー・シャラメがいよいよ新時代のハリウッドスターとして昇り詰めれば、その周りをオスカー・アイザック、ジェイソン・モモア、ジョシュ・ブローリン、ハビエル・バルデムらが固め、ここに端役でチャン・チェンを起用するところに作家監督としてのヴィルヌーヴの個性が見える。おそらくゼンデイヤの見せ場が増すであろう第2部にはリンチ版でスティングが演じた悪役フェイド・ラウサや、ホドロフスキーがサルバドール・ダリを起用しようとした銀河皇帝、そしてポールの妹アリアら重要人物が初登場する事となり、オールスターが信条のヴィルヌーヴ版でどんな配役が行われるのか楽しみだ。

 そう、ここにはいつになくメインストリームを進むヴィルヌーヴの気概がある。昨年、ワーナーブラザースが劇場公開と同時にHBOmaxでの配信を決定し、ヴィルヌーヴは激しく反発した。その理由は映画を見れば明らかだ。通常のIMAXですら収まらない破格のシネマトグラフィーは僕達がコロナ禍で失ったスペクタクルであり、ヴィルヌーヴはこの『DUNE』をもってして世界に劇場体験を取り戻そうとしている。それはワーナーを離れたノーランが、はたまたフィルム至上者のptaらシネアスト達の使命であり、この超大作で挑むヴィルヌーヴはまさにスピルバーグ級のヒットメーカー、映画作家へと羽ばたこうとしているのだ。

 そんな本作において、救世主誕生を画策し、我が子のメンターとして共に砂漠を彷徨うレディ・ジェシカに『灼熱の魂』『静かなる沈黙』『メッセージ』『ブレードランナー2049』で“母性の危機”を描いてきたヴィルヌーヴの作家性を垣間見る。アルフォンソ・キュアロンとも通底するテーマ性はより母子の間に仄暗い密着性があり、素晴らしいレベッカ・ファーガソンとシャラメの目線によって大作には不似合いな驚きが生まれていた。救世主ではなく、それを産む母に焦点を当てたヴィルヌーヴ版の真価は続くPART2でより明らかになる事だろう。


『DUNE/デューン 砂の惑星』21・米
監督 ドゥニ・ヴィルヌーヴ
出演 ティモシー・シャラメ、レベッカ・ファーガソン、ジョシュ・ブローリン、ステラン・スカルスガルド、ゼンデイヤ、シャーロット・ランプリング、ジェイソン・モモア、ハビエル・バルデム、オスカー・アイザック、デイヴ・バウティスタ
 
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『テネット』

2020-09-21 | 映画レビュー(て)

 劇中、“信義”と訳される“TENET”には他にも“教義”、“主義”という意味があり、本作はまさにクリストファー・ノーランという男の映画教義そのものである。フィルム原理主義、フィジカルと実体にこだわったアクション、劇場でこそ真価を発揮する音響設計、そして時間というテーマへの妄執…そのノーラン教義はこの2020年に大きな使命を託された。新型コロナウィルスによって新作映画の上映が途絶え、映画産業が風前の灯火となる中、観客を呼び戻さなくてはならないのだ。ノーランは劇場公開にこだわり、配給のワーナーブラザーズもその意向を尊重する英断を下した。アメリカでは未だNYはじめ都市圏での劇場再開が叶わないため、本作の北米興収に対しては失望の声も上がっているが、既に感染が収束傾向にある各国では大ヒットを飛ばしており、ひとまずはその使命を達成しつつあると言っていいだろう。

 事実、久しく忘れていた劇場体験の悦びを味わわせてくれるアクション活劇である。素晴らしい身体性を持った主演ジョン・デヴィッド・ワシントンが駆け抜けるオープニングアクションからボーイング1機を丸々破壊するスペクタクル、過去と現在で繰り広げられるトリッキーなカーチェイスとあの手この手で楽しませてくれる。初登板となる気鋭ルートヴィッヒ・ヨーランソンが存在感を発揮し、クールなサウンドがノーラン映画に新風を吹き込んでいるのも嬉しい驚きだ。そして2020年にフィルム逆回転という何とも原始的映画手法を用いてSF映画を撮っている事にノーラン教義を見るのである。

 またかねてより007シリーズへの愛を公言してきたノーランがほとんどエントリーシートの如くオマージュを捧げ、ボンド映画のフォーマットに沿っているのが興味深い。デヴィッド・ワシントンがスーツ姿のスパイ役で一足早く“黒人版ジェームズ・ボンド”を達成すれば、ケネス・ブラナーは典型的なボンド映画のヴィランであり、エリザベス・デビッキはボンドガールの立ち位置である(個人的には『ナイト・マネジャー』と全く同じ“愚かな選択をした美女”を配役されるデビッキには解放されて欲しいのだが)。

 だがノーラン教義において時にキャラクターはストーリーやヴィジュアルよりも下位となる。特に本作ではボンド映画的なパスティーシュの域を出ない。アーロン・テイラー・ジョンソンという才能ある俳優のあまりのムダ遣いからもその愛のなさはわかるだろう。デヴィッド・ワシントンの役名に至っては“Protagonist=主人公”である。本作にはノーラン教義を逸脱し、刷新してきたヒース・レジャーやディカプリオ、マコノヒーはいない。

 ここまでストーリーをややこしくする必要があったのだろうか?僕は初見で全く理解できず、続けて2回見る事でようやく理解できた。実はそれこそが『テネット』の正しい見方でもある。かつて『メメント』では無限を彷徨い続けるガイ・ピアースの姿に時間を前にした人間の無力さがあったが、本作の主人公は自らの意思でメビウスの輪に残り、それを維持し続ける。20年の時を経たノーラン教義にはまるで時間をも操れるかのような自信があり、観客が再びメビウスの輪に戻る事で初めて物語が完成するのだ。

 本来ならば『テネット』はサマーシーズンに公開される無数の“普通のハリウッド映画”の後に公開され、そのクリエイティヴィティを称賛されるハズだった。しかしコロナショックによって“映画館を救う”という予想外のミッションを帯び、おそらくある程度、その使命を達成し、多くの人に記憶される映画となるだろう。

だが「感じるな、感じろ」という境地にも達しなかった僕はノーラン教義に弾かれたような気がして、ちょっと寂しいのだ。


『テネット』20・米
監督 クリストファー・ノーラン
出演 ジョン・デヴィッド・ワシントン、ロバート・パティンソン、エリザベス・デビッキ、ケネス・ブラナー、アーロン・テイラー・ジョンソン
 
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『天使の処刑人 バイオレット&デイジー』

2020-06-10 | 映画レビュー(て)

 『ハンナ』以来、ジャンル映画にも積極的に出演するようになっていたシアーシャ・ローナンが女子高生殺し屋に扮したバイオレンスアクション…と思いきや、中盤から『殺しの烙印』『ピストル・オペラ』みたいな展開になる異色作。監督はスラムのどん底で生きる巨漢女子高生の現実にシュールな夢想を挟んでアカデミー脚色賞を獲得した『プレシャス』のジェフリー・フレッチャー。今回もブランドもののドレス欲しさに殺しをやる女子高生たちをファンタジーとして描いており、何よりシアーシャ・ローナンのコスプレが可愛く、美しく撮られているのでアイドル映画として正しい。彼女を導くアレクシス・ブレデル(当時30歳!)が年齢不詳に見えるのは意図的な演出であろう。

 2人の危険な放課後に揺さぶりをかけるのが故ジェームズ・ガンドルフィーニ。危険な匂いを発する巨体と父性を湛えた柔和な眼差しは名優たる繊細さであった。

 常々思うのだが、少女期というのは本当に短く、決して遡って演じられるものではない。若手女優にはジャンル映画だろうが何だろうが、その刹那をスクリーンに刻んでほしいものである。


『天使の処刑人 バイオレット&デイジー』11・米
監督 ジェフリー・フレッチャー
出演 シアーシャ・ローナン、アレクシス・ブレデル、ジェームズ・ガンドルフィーニ、ダニー・トレホ、マリアンヌ・ジャン・バプティスト
 
 
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