長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『クイズ・レディー』

2023-11-05 | 映画レビュー(く)

 『クレイジー・リッチ!』『シャン・チー』など、幼馴染のダチとして登場する“笑かし役”のオークワフィナもいいが、『フェアウェル』で見せた誰もが抱える心の空洞を猫背で体現する“役者”オークワフィナも堪らないものがある。本作『クイズ・レディー』では家族と疎遠な移民二世役。職場では誰からも相手にされない空気扱いで、唯一の楽しみといえば毎晩、愛犬と一緒に長寿クイズ番組を見ること。30数年来見ているせいで、今や彼女の頭には知識がいっぱいだ。ある日、老人ホームに入っていたギャンブル依存症の母が脱走。それをきっかけに音信不通の姉が現れ、さらには母を追って借金取りまでやって来て…。

 オークワフィナにとって先輩となる17歳年上のアジア系スター、サンドラ・オーが姉役に扮し、あけっぴろげなコメディ演技でオークワフィナの性格演技を際立たせている。脚本ジェン・ディダンド・アンジェロ、監督ジェシカ・ユーの語りは後半に向かうにつれギャグも弾けて快調。ウィル・フェレルが『バービー』に続いてここでも若手に胸を貸し、今や貫禄すら出てきたのは驚き。車窓や各地のランドスケープが足りないものの、アジア系女性2人が伝統的なアメリカン・ロードムービーのフロントラインを張れる良い時代になったものである。


『クイズ・レディー』23・米
監督 ジェシカ・ユー
出演 オークワフィナ、サンドラ・オー、ジェイソン・シュワルツマン、ホランド・テイラー、トニー・ヘイル、ウィル・フェレル
コメント (3)
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『ザ・クリエイター/創造者』

2023-10-31 | 映画レビュー(く)

 ディズニー買収後のスター・ウォーズシリーズは、粗製乱造により多くの若手監督のキャリアを空費した。今や唯一、成功した実写映画と見なされている『ローグ・ワン』でさえ、代打トニー・ギルロイ監督によって公開1年前に全体の約40パーセントが再撮影され、我々の知る形となっている。後にギルロイによって傑作『キャシアン・アンドー』が生まれことも含め、ギャレス・エドワーズ監督の功績は軽視されがちだ。「報じられている内容は事実と異なる」と発言する彼は、最後まで共に現場で指揮を執り続けていたという。しかし、大手スタジオのブロックバスターを仕上げられなかったという業界内評価は、エドワーズに映画作家として幾つもの難題を突きつけたことは想像に難くない。

 そんな『ローグ・ワン』から7年を経たエドワーズの新作『ザ・クリエイター』は、ハリウッドが忘れたセンス・オブ・ワンダーを甦らせた傑作だ。遠い未来、AIが人類に反旗を翻し…というプロットや、スター・ウォーズを思わせるドロイドのデザインはまず脇に置いて、目の前で繰り広げられる映像を(できる限り大きい)スクリーンで体験してほしい。『ブレードランナー』よろしくな漢字看板のメトロポリスはそこそこに、映し出されるのは東南アジアの田園風景にSFを融合した新たなアジアンフューチャーだ。ここではAIが独自に発展、文化を形成し、彼らは神を信じ、宗教を形成している。人類を人類たらしめた進化が神の知覚であることは近年『ウエストワールド』でも描かれてきたが、エドワーズがAIに見出しているのはロボットではなく“他者”という我々の鏡像だ。偉大なSF映画の先駆者たちと同様、『ザ・クリエイター』もまた先見と今日性を持ち、2020年代に入ってなお戦争が繰り返され、そこにアメリカの姿が介在する現実を私たちに突きつける。AIたちの集落をアメリカ軍の巨大な戦車が蹂躙する光景に、心傷まずにいられるだろうか。

 驚くべきことにエドワーズは本作を8000万ドルというローバジェットで撮り上げている。全世界でロケハンを敢行、70年代の日本製レンズで現場にある“有り物”を映し、後にILMが加工する手法を採用して近年のCG過多な製作手法から脱却。グレイグ・フレイザー、そして新鋭オーレン・ソファによるザラついた撮影が近年のジャンル映画にはないルックを本作にもたらした。『テネット』に続き、またしても独創的なSF映画に主演したジョン・デヴィッド・ワシントンは、父とは異なる頼もしいジャンル形成だ。筆者は2007年のアルフォンソ・キュアロン監督作『トゥモロー・ワールド』を彷彿とした。私たちの生活と地続きの未来。混迷とした現実を映す切実なプロット(だが本作のエドワーズにはなんとユーモアがある)。そして2作の重要な共通項はこの星に生きる全ての“Children of Men”に映画が宛てられていることだ。『トゥモロー・ワールド』では元ヒッピーの老人(先頃、引退を表明したマイケル・ケインが演じる)が言う。“Shanti Shanti Santi”=世に平和あれ。『ザ・クリエイター』のラストシーンに、僕は再びそう祈らずにはいられなかったのである。


『ザ・クリエイター/創造者』23・米
監督 ギャレス・エドワーズ
出演 ジョン・デヴィッド・ワシントン、ジェンマ・チャン、渡辺謙、マデリン・ユナ・ヴォイルズ、アリソン・ジャネイ
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『グランツーリスモ』

2023-09-29 | 映画レビュー(く)

 ハリウッドが低予算映画でブレイクした気鋭の新人監督を潰してしまうのは今に始まったことではないが、2009年の長編デビュー作『第9地区』でいきなりアカデミー作品賞にノミネートされ、以後『エリジウム』『チャッピー』と独創的なSF映画を撮ってきたニール・ブロムカンプが雇われ仕事に徹した本作『グランツーリスモ』は、才能の悲劇的な空費によってクラッシュ、炎上している。一時は『エイリアン2』の正統続編(“シン・エイリアン3”とでも呼ぶべきか)の企画開発で話題を呼んだブロムカンプだが、この約10年はオリジナル脚本、中規模予算で製作するSF映画作家にとって困難な時代であったことが伺える。

 2023年は『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』やHBOのTVシリーズ『THE LAST OF US』の大成功によってTVゲーム原作モノの映像化元年と言われているが、ゲームがこれだけ多様な表現形態を持っているなら、当然そのどれもが映画、TVシリーズへ翻案できるとは言い難い。『グランツーリスモ』が描くのはプロゲーマーが実際のレーサーへ転身したという驚きの実話と、『グランツーリスモ』というゲームのコマーシャルだ。山内一典によって作られた原作ゲームは実在のコース、車体から排気音に至るまで徹底再現された“レーシングシュミレーター”であり、そのメイキング過程こそ興味を引かれるものの、あいにくブロムカンプはエンジンにもスピードにも、ひょっとすると車にすら興味を持っていない。ストーリーテリングというタイヤが暖まるまでには随分と時間がかかり、カメラの高さ(地面からあまりにも高すぎる!)も編集のタイミングも間違ったレースシーンは、クライマックスでル・マンを舞台にしながら近年のレース映画の傑作『フォードVSフェラーリ』に競ろうという気概すら見せない。引きこもりのゲーマーだったヤン少年が夢を叶え、自己を確立していくドラマは形ばかりで、320kmの車窓の如く通り過ぎている。

 唯一の見どころは鬼教官ジャック役のデヴィッド・ハーバーだろうか。かつてレーサーでありながら夢破れ、メカニックとして反骨の日々を送るジャックが、“ゲーマーを本物のレーサーにする”という企業論理と資本主義に眉をひそめながら、徹底的に若者たちを鍛え上げていく。ヤングとの相性は『ストレンジャー・シングス』でも実証済み。とかくスパルタが許されない今の時代に相応しいメンター像で、ハーバーにとってはキャリアの重要な1つになるかもしれない。彼と主人公ヤンの師弟関係が束の間、本作をスポーツレース映画たらしめていた。

 現在、レース映画は渋滞状態。本作の後にはマイケル・マン監督の『フェラーリ』(伝記映画と思っていたが、予告編を見る限り紛れもない“レース映画”だ)、そして『トップガン マーヴェリック』で戦闘機コクピット内に役者とカメラを仕込んだジョセフ・コシンスキー監督とブラッド・ピットがタッグを組むタイトル未定のF1映画が待機している。『グランツーリスモ』は早々に追い抜かれてしまうことだろう。


『グランツーリスモ』23・米
監督 ニール・ブロムカンプ
出演 アーチー・マデクウィ、デヴィッド・ハーバー、オーランド・ブルーム、ジャイモン・フンスー
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『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』

2023-09-01 | 映画レビュー(く)

 御年80歳、デヴィッド・クローネンバーグ監督の新作もまた“最後の映画”になることに自覚的な1本だ。前作『マップ・トゥ・ザ・スターズ』からは8年ぶり。御大には珍しく製作費3500万ドルのビッグバジェット。自身のテーマを反復し、ほとんど集大成のような趣がある。冒頭、映画は1人の少年を映し出す。物語の舞台は今ではないが、そう遠くない未来。少年は堪え切れなくなったかのようにプラスチックのゴミ箱をバリバリと貪り食う。その様子を悲しげな目で見る母親。やがて彼女は眠る我が子を手に掛ける。

 近未来では人類が痛覚を失い、主人公ソール・テンサーは自身の体内に新たな臓器が生まれる“加速進化症候群”を患っている。地球環境の変化により人類は進化したのか?クローネンバーグ自ら手掛けた脚本の突拍子もなさに面食らいそうになるが、重要なのはプロットではなく概念だ。痛みを見失った世界では誰もが肉体を傷つけ、肉体改造とも言うべきボディペインティングの手法を獲得している。しかしソーシャルメディアの隆盛により私たちもまた自らの肉体と思考を“切り売り”し、時にそれがあたかも価値を持っているかのように振る舞うが、果たしてそれをアートと呼べるのか?ソールはパートナーであるカプリースの外科手術によって、衆目の前で新臓器を摘出するパフォーマンスアーティスト。奇妙なことに摘出された臓器には体内でタトゥーが刻印されている。クローネンバーグは自らの肉体と精神を切り開いた先にこそ真なるものがあると、シグネチャーなきソーシャルメディアの匿名性を突き放す。

 いつになくクローネンバーグは自身の老いに自覚的だ。『ヒストリー・オブ・バイオレンス』『イースタン・プロミス』『危険なメソッド』に続き4度目のタッグとなる分身ヴィゴ・モーテンセンもまた65歳を迎え、白髪と痩身はますますクローネンバーグに酷似してきた。モーテンセン演じるソールは常に痰が絡んだような咳払いを繰り返し、食事は奇怪な“ブレックファスター・チェア”の介助を受けなければままならない。だが、老人が地球環境の変化に適応したとてそれが何だと言うのか。精神が及ぼす肉体の変容を描いてきた巨匠は0年代以後、人間の精神が時代を形作る様、または時代が人間個人の精神に及ぼす変化を描いてきた。地球環境が破壊され、温暖化が進み、先のない大人が破滅的局面から逃げ切れても、子供が適応するためにプラスチックを喰らうのが進化と言えるはずもない。クローネンバーグの“君たちはどう生きるか”という悲痛を背負ったレア・セドゥは007ウェス・アンダーソンに続きこのカナダの鬼才を籠絡。クローネンバーグ印とも言うべき肉体と機械によるエロチズムを体現する肉体言語は圧倒的である。同じくキャスティングが発表された時点から絶対に“映える”と期待されたクリステン・スチュワートはその神経症的演技に磨きをかけ、アブノーマルなクローネンバーグ映画の水先案内人となった。

 音楽ハワード・ショア、美術キャロル・スピアーらクローネンバーグ組が総結集。映画館の闇で繰り広げられるグロテスクな解剖ショウは観る者を魅了してやまない。時代、肉体、精神を分析する映画作家クローネンバーグは今なお明晰だ。


『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』22・加、ギリシャ
監督 デヴィッド・クローネンバーグ
出演 ヴィゴ・モーテンセン、レア・セドゥ、クリステン・スチュワート、スコット・スピードマン

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『クロティルダの子孫たち 最後の奴隷船をさがして』

2023-01-23 | 映画レビュー(く)

 奴隷制廃止がさけばれて久しい1860年の頃、クロティルダ号はアフリカから多くの黒人を連れてアラバマ州の河口モービルで人身売買を続けていた。その5年後、ついに奴隷制が廃止。多くの黒人は帰ることもままならず定住し、やがてそこには“アフリカタウン”が興る。奴隷主のミーアーは違法行為の証拠であるクロティルダ号を湿地帯のどこかに焼き払って沈め、今なおこの地域一帯は一族が支配する重工業地帯だ。アフリカタウンにはこの工場から排出された化学物質によるものと見られる癌患者も少なくない。そして2018年、ついにクロティルダ号の残骸が発見される。

 2022年にリリースされた多くの作品と同様、『クロティルダの子孫たち』(=原題Descendant)も歴史を参照し、現在(いま)を語るドキュメンタリーである。マーガレット・ブラウン監督は劇中、人々が“歴史”と“物語”という言葉を発する瞬間を何度も撮らえていく。先祖伝来のこの粗末な土地に暮らす自分たちはいったい何処から来たのか?謝罪や賠償よりも、先ず彼らが求めているのは歴史を解き明かし、自らのアイデンティティを獲得することだ。“歴史”と“物語”が並列されれば、そこに“映画”は興り得る。アカデミー長編ドキュメンタリー賞では地質学的スケールのラブストーリー『ファイアー・オブ・ラブ』と最後まで争う事になりそうだが、より“2022年的”なのは本作だろう。

 TVシリーズ『アトランタ』のシーズン3では、DNA鑑定技術が発達により自身の先祖が奴隷主であった事が発覚、奴隷の先祖を持つ黒人をはじめ社会から制裁を受けるというエピソードが描かれていた。だが子孫たちに求められているのは断罪や憎しみではない。アフリカタウンの人々がクロティルダ号船長の子孫と出会うシーンは本作のハイライトだ。彼らは穏やかに相対し、共に歴史を見つめ合う。物事の奥底に隠された事実を直視してこそ、人と人は共存できるのではないか。オバマ元大統領率いるハイヤー・グラウンドのプロデュースによる本作は、観る者に静かに問いかける重要な1本だ。


『クロティルダの子孫たち 最後の奴隷船をさがして』22・米
監督 マーガレット・ブラウン
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