長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ノマドランド』

2021-04-16 | 映画レビュー(の)

 コロナ禍のため例年より2ヶ月遅い4月25日に開催される今年のアカデミー賞。長丁場の賞レースを独走しているのがクロエ・ジャオ監督による本作『ノマドランド』だ。作品賞はじめ6部門にノミネートされており、今年の大本命と目されている。
 だがおよそ”アカデミー賞らしい”作品ではない。配給は今はなき20世紀FOXのインデペンデント部門サーチライトピクチャーズ(現ディズニー傘下)が手掛け、ジョシュア・ジェームズ・リチャーズによる美しいカメラと、ルドヴィゴ・エイナウディのピアノ旋律に彩られた詩情あふれるアートハウス映画である。有名俳優はフランシス・マクドーマンドとデヴィッド・ストラザーンしか出ておらず、玄人受けしてもアカデミー賞というメインストリームからは程遠く見える。

 2008年のリーマンショック以後、多くの会社が倒産し、マクドーマンド演じる主人公ファーンの暮らす企業城下町エンパイアも工場閉鎖により町そのものが消滅した。仕事を失くし、住む家も失くし、そして夫にも先立たれたファーンはわずかな荷物をバンに積み込み、季節労働者としてアメリカの荒野を旅する事となる。

 クロエ・ジャオは前作『ザ・ライダー』に引き続き、辺境からアメリカの現在を射抜く。市場原理から弾き出され、ノマド(=遊牧民)として暮らしているのはファーンだけではない。ジャオはマクドーマンドを実際のノマド達と交流させ、その様子をカメラに収めていく。ドキュメンタリーとフィクションの境界というジャオ独自のメソッドによって、マクドーマンドは自然主義演技の極地に到り、その深く刻まれた皺は乾いたアメリカの大地によく映えるのである。オスカーでは評価されにくい"静かな演技”だが、彼女の偉大なキャリアにまた新たな1ページが刻まれたと言っていいだろう。

 高齢化と生活苦という問題はここ日本でも深刻だが、ジャオは大企業による搾取や社会構造を糾弾することに重きを置いてはいない。果てしなく続く道のどこかで一期一会を繰り返し、広大な自然の恵みを享受するノマド達には人種や性別による格差もなく、限りない自由があるように見える。そんな彼らを通じてジャオは「アメリカ人とはなにか?」と問いかけるのである。アメリカの大地とは自由な魂を持った開拓移民たちによって切り拓かれたのではないか?アメリカの辺境に自由と美を見出すジャオの筆致は伝統的アメリカ映画のそれであり、中国系というルーツを持つ彼女にオスカーとして継承が行われるのはアメリカ映画史における重要なモーメントだ。アカデミーはこの機会を絶対に逃してはならない。

 とはいえ、クロエ・ジャオはまだ38歳、長編映画は3本目である。傑作をモノにしながらも未だ完成していない才能にこれからどんな作家へ成長するのかと期待してやまない(個人的には編集のリズムはまだ遅くて良いと思う)。そんな彼女の次回作はマーベル映画『エターナルズ』である。独自のメソッドと美しいシネマトグラフィーというアートハウス系作家を、『ザ・ライダー』の時点でメインストリームへと引き出したマーベル首脳陣の慧眼には恐れ入る。いったいどんな映画になるのか?こんなに興奮させられる才能は久しぶりだ。


『ノマドランド』20・米
監督 クロエ・ジャオ
出演 フランシス・マクドーマンド、デヴィッド・ストラザーン
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『NO』

2020-04-16 | 映画レビュー(の)

 1988年、チリで独裁政権の是非を問う国民投票が行われる事になった。軍事クーデターによって権力を掌握し、実に15年間も恐怖政治で支配してきたピノチェト政権が国際世論に押された格好だ。彼らは深夜0時から15分間、政権反対派によるキャンペーンCMを許可する。本作は連夜の15分で人々の心を動かしたCMマン達の物語だ。

 15年間、言論の自由を奪われてきた“NO”陣営の気迫は凄まじかった。声高に政権批判を糾弾し、子を奪われた母親達に遺影を抱かせてカメラの前に立たせた。しかし、広告代理店のレネ(ガエル・ガルシア・ベルナル)はダメ出しをする。「これじゃ誰も投票に行かない」。

恐怖で抑圧されてきた人々の心は正論では動かない。時は80年代、彼が用いたのはMTV的な、ともすれば“チャラい”とまで言われかねないポップさだった。恐怖の先にある幸せが見えてこそ、人は初めて心を動かす。このマーケティング理論を用いた人間心理への洞察が分断の現在に訴えるものは大きい。
 
パブロ・ラライン監督は実際のCM映像とかけ離れないためにわざわざ当時のカメラで撮影するなど、強いこだわりを見せた。ポピュリズム政治が横行する昨今、短い時間で視聴者の意識を巧みにコントロールする広告メディアの功罪も織り込んだ力作である。


『NO』12・チリ、メキシコ、米
監督 パブロ・ラライン
出演 ガエル・ガルシア・ベルナル
 
 
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『ノクターナル・アニマルズ』

2017-12-09 | 映画レビュー(の)

華やかに舞う裸の巨女たち。混沌と捻じれたハイウェイ。アートギャラリーを仕切る主人公スーザンのファッショナブルな日常と、彼女に送り付けられた小説『夜の獣たち』(=ノクターナル・アニマルズ)の暴力的なテキサス荒野。美醜が入り乱れるトム・フォード監督最新作は大成功を収めたデビュー作『シングルマン』同様、徹底した美意識で統一されているが、スタイルよりも叙述が優先されており、映像作家としてのさらなる成熟が見られる一本だ。

スーザン(エイミー・アダムス)のもとに20年前に離婚した夫エドワード(ジェイク・ギレンホール)から著書が送られてくる。若気の至りで学生結婚をした2人。情熱や繊細さ、何より互いのアーティスティックな感性に惹かれて結婚したが、長くは続かなかった。経済的裕福さを求めて再婚したスーザンだったが、今の夫は不誠実で、他の女の影がある。小説のページをめくると、冒頭には“スーザンへ捧ぐ”という献辞。

映画は現実と劇中小説を交互に映していく。
エドワードの書いた小説は強烈なバイオレンスものだ。テキサスを走行中のギレンホール一家が地元の暴力的な若者たちにからまれる。さらわれた妻と娘は翌日、全裸死体となって発見された。末期がんを患う保安官は法の裁きが及ばない彼らに正義の鉄槌を下そうとする。怖ろしいホワイトトラッシュを怪演したアーロン・テイラー=ジョンソンはゴールデングローブ賞を受賞。鬼気迫る保安官役マイケル・シャノンはアカデミー助演男優賞にノミネートされた。

スーザンは何度も小説を閉じる。どうしてこんな暴力的な小説を私に?でも読むのが止められない。文章にあてられ、揺れ動く心。エドワードに「会いたい」とメールを送った。

 創作とは時に深い喪失と激しい苦しみを伴うものである。エドワードは長い年月を経て、ようやく自分の思いを上梓する事ができた。それはスーザンとの決別を意味する。自らを劇中小説内で殺したエドワードがスーザンのもとに現れないのは当然の事だ。創る者と創らざる者の間に横たわる厳然たる溝。これは愛と喪失の物語である。トム・フォードは今回も喪う事の哀切を描き切った。エイミー・アダムス、ジェイク・ギレンホールの素晴らしさは言うまでもない。


『ノクターナル・アニマルズ』16・米
監督 トム・フォード
出演 エイミー・アダムス、ジェイク・ギレンホール、マイケル・シャノン、アーロン・テイラー=ジョンソン、アーミー・ハマー、ローラ・リニー
 
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