長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『マーサ・ミッチェル 誰も信じなかった告発』

2023-03-29 | 映画レビュー(ま)
 マーサ・ミッチェルはニクソン政権の司法長官ジョン・N・ミッチェルの妻で、歯に衣着せぬ発言と社交的な性格から支持者の人気も高い、謂わば政権の非公式広告塔のような存在だった。ニクソンの大統領2期目に向けて夫が公職を退き選対本部長となった1972年、マーサも再選を訴えるべく精力的に選挙活動のバックアップに回った。そんな折、ウォーターゲート事件が発生。民主党事務所に侵入し、盗聴器を仕掛けようとして逮捕された男たちの中には選挙事務所で見知った顔があった。何かがおかしい。旧知のジャーナリストに電話をかけるとマーサは政権スタッフに取り囲まれ、拘束。呼び出された医師に薬物を投与され、体調不良説が流布されてしまう。

 恐ろしい話である。ともすれば陰謀論として一笑に付されてしまう話が真実で、国家権力の中枢に居座る連中が嘘つきだったら?原題“The Martha Mitchell Effect”とは真実を話しているにも関わらず、周りがそれを妄想と見なす状況を指した心理学用語。マーサはニクソンが辞任するまでの間、主犯格である夫からもガスライティングを受け、逮捕後には「マーサと暮らすくらいなら刑務所の方がマシ」とまで言い捨てられる。事件後、マーサは夫からの養育費も満足に貰うことが叶わず、その晩年は寂しいものだったようだ。いつの時代もモノ言う女は尽く潰されてきたのである。本作は第95回アカデミー賞で短編ドキュメンタリー賞にノミネートされた。


『マーサ・ミッチェル 誰も信じなかった告発』22・米
監督 アン・アルヴァーグ、デブラ・マクラッチー
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『魔法にかけられて2』

2022-11-29 | 映画レビュー(ま)

 2007年に公開され、大ヒットを記録した『魔法にかけられて』はディズニー映画のセルフパロディと、2005年に『Junebug』でアカデミー助演女優賞にノミネートされてはいたものの、ほとんど代表作のない遅咲きエイミー・アダムスによるディズニープリンセスの徹底模写が衝撃的な1本だった。この作品をきっかけに大ブレイクを果たしたアダムスはその後、主演助演合わせて計5度のオスカーノミネートを数えるアメリカ映画界屈指の名優へと成長。今年48歳を迎えた彼女が15年ぶりに出世作の続編に挑んだが、しかしいくらなんでも遅すぎだ。

 前作から数年後、ロバート(お久しぶりのパトリック・デンプシー)とジゼル姫は郊外の田舎町モンローヴィルへと引っ越してくる。ロバートの連れ子モーガンは反抗期真っ只中のティーンエイジャーで、ママ友マルヴィナ・モンロー(ノリノリのマヤ・ルドルフ)は町の顔役とも言うべき存在で当たりがキツい。現実社会の困難にさらされたジゼルの元にアニメ王国アンダレーシアからエドワードとナンシーが何でも願いの叶う“魔法の杖”を持ってきて…。

 ディズニーが標榜してきた“プリンセス像”を巧みに脱構築しながら、現代人がそこへ寄せるロマンチシズムを肯定した前作の機知を再現するには至っておらず(20分も長くなったランニングタイムからも不明ぶりは明らかである)、理想の王子様と結ばれてめでたしめでたし…の先を描くには踏み込みが足りない。アダムスの器用さを持ってすれば容易に前作のフィーリングを再現できるかもしれないが、15年を経て描くべきはお姫様ではいられない現実社会とそれでもファンタジーを夢見ずにはいられない肯定だろう。アニメーション世界から現代社会へとやってきたジゼル姫がディズニープラスの会員数と株価のためにストリーミング荒野に打ち捨てられたのはあまりに空しい。信じられない事に前作では歌っていなかったナンシー役イディナ・メンゼル(『アナと雪の女王』のエルサ役だなんて説明、いる?)が面目躍如で、アラン・メンケンとスティーブン・シュワルツによる楽曲を熱唱。真のプリンセスは彼女かもしれない。


『魔法にかけられて2』22・米
監督 アダム・シャンクマン
出演 エイミー・アダムス、パトリック・デンプシー、ジェームズ・マースデン、イディナ・メンゼル、マヤ・ルドルフ、ガブリエラ・マルダッチ
※ディズニープラスで配信中※
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『マクベス』

2022-01-22 | 映画レビュー(ま)

 コーエン兄弟の兄ジョエルの単独監督作がシェイクスピア映画と聞いて驚いた。弟イーサンが興味を示さなかったため単独監督作となったそうだが、それも納得だ。オーソン・ウェルズ、ムルナウ、ベルイマンなど相変わらずクラシックへのオマージュはふんだんに盛り込まれているものの、オープンセットを駆使して演劇と映画の中間に位置する本作は驚くほどオーセンティックなシェイクスピア映像化になっている。これまで我々が見てきた“コーエン兄弟”作品がいかに兄弟2人よる共同作業であったか、逆説的に明らかとなった格好だ。

 『インサイド・ルーウィン・デイヴィス』『バスターのバラード』で組んだ撮影監督ブリュノ・デルボネル、音楽カーター・パウエルら常連スタッフを揃える一方、演劇界から大女優キャサリン・ハンターを魔女役で招聘し、その驚くべき身体性を収めるなど演劇的要素を多く取り込んでいるのが面白い。御歳67才となったマクベス役デンゼル・ワシントンはいい具合にアクが抜け始め、数多の俳優がフルスイングで演じてきた役柄を繊細な心理演技で見せて、性格俳優としての面目躍如である。マクベスと対決するマクダフ役にも黒人俳優コーリー・ホーキンズが配されており、シェイクスピア劇ならではのカラーブラインドキャスティングはもちろんのこと、アフリカンアクセントの混在が耳にも楽しい。

 ジョエル自ら手掛けた脚色が活きているのはロスの扱いだ。『ゲーム・オブ・スローンズ』のリトルフィンガーに見えてしまうのはご愛嬌だが、バンクォーの息子フリーアンスと逃げ落ちるラストにさらなる波乱が予感される。『マクベス』の本質とは人の欲望ある所に戦の火は無くならないというメッセージであり、真髄を捉えた再演であった。


『マクベス』21・米
監督 ジョエル・コーエン
出演 デンゼル・ワシントン、フランシス・マクドーマンド、アレックス・ハッセル、バーティ・カーベル、ブレンダン・グリーソン、コーリー・ホーキンズ、ハリー・メリング、キャサリン・ハンター、モーゼス・イングラム
※AppleTV+で独占配信中※
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『マトリックス レザレクションズ』

2022-01-01 | 映画レビュー(ま)

 3部作完結編『マトリックス レボリューションズ』以来、18年ぶりの続編となる本作『マトリックス レザレクションズ』には正直、何も期待していなかった。救世主ネオは自らの命を賭して人類と機械世界の両方を救い、物語は終わったハズだった。以後、監督のウォシャウスキー兄弟あらためウォシャウスキー姉妹にはヒット作がなく、これはハリウッドお得意の安易なフランチャイズ、再生産ではないかと疑った。今更いったい何を語ろうというのか?

 第1作のストーリーを踏襲し、“かつて『マトリックス』という人気ゲームがあった”とする前半約30分のメタ展開に「おいおい大丈夫か?」という気持ちはさらに強まる。ローレンス・フィッシュバーンからヤーヤー・アブドゥル・マティーン2世に交代したモーフィアス周りの設定については、誰か僕にわかりやすく説明してもらえないだろうか?(まぁDr.マンハッタンだしな!)
かつてハリウッドに大革命をもたらしたヴィジュアルインパクトは望むべくもなく、そもそもアクションシークエンスは少ない。

 そんな2021年のマトリックス世界にネオ=Mr.アンダーソンは未だ囚われていた。髪もヒゲもボサボサに伸びた“ぼっちキアヌ”なMr.アンダーソンは、ゲーム『マトリックス』で一躍時代の寵児となったゲームプログラマーだ。しかし以後はヒット作もなく、今は若手ばかりのベンチャーゲーム企業で末席に甘んじている。ただただ無気力で薬(そう、青だ)とセラピストが欠かせない彼は完全にメンタルヘルスを病んでいる。それは1999年の『マトリックス』に熱狂してから20余年、救世主にもなることもなければ自分を変える事もできず、企業というシステムに搾取され続けている僕の姿そのものだ。そんなMr.アンダーソンの前にティファニーという女性が現れる。2人の子供を持つ幸せそうな主婦である彼女とは、なぜか初めて会った気がしない。

 監督のウォシャウスキーにとってもこの20年は決して容易いものではなかった。『マトリックス』3部作の成功以後、ラリーとアンディはララとリリーへ性転換。本当の自分を手に入れることに成功するが、新たな代表作を得ることは叶わず、いち早くNetflixでTVシリーズに進出した『センス8』も打ち切りの憂き目に遭った。そして両親の看取りにある中、ラナはネオとトリニティの再会を夢見たという。本作には時間も空間も超え、死んでしまった人ともいつか会うことができると語る狂気じみた信念がある。本作鑑賞に先駆けて前3作は必修だ。語り直されるナラティブの中、ティファニーがトリニティの名前を取り戻し、再びネオが彼女と巡り会う姿に僕は無性に泣けてしまった。

 ウォシャウスキーの性別移行によって前3作につきまとった“精神と肉体の不一致”というテーマはより明確になっている。ボーイッシュなジェシカ・ヘンウィック演じるバッグスにはもう少し見せ場があって良かったものの、新世代キャストの電脳空間衣装はクィアカルチャーの側面がより強まった。キャストの人種構成は20年前の時点で既に現在のハリウッド映画の水準を軽々とクリアーしている。そしてマトリックス世界を破壊するでもなく、システムに囚われた人々をキャンセルするでもなく、「虹をかけよう」という言葉で締め括るラストシーンに、僕は『マトリックス』シリーズが2020年代に復活した意味を見るのである。


『マトリックス レザレクションズ』21・米
監督 ラナ・ウォシャウスキー
出演 キアヌ・リーブス、キャリー・アン・モス、ヤーヤー・アブドゥル・マティーン2世、ジョナサン・グロフ、ジェシカ・ヘンウィック、ニール・パトリック・ハリス、ブリヤンカ・チョープラー・ジョナス、ジェイダ・ピンケット・スミス
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『マルコム&マリー』

2021-02-19 | 映画レビュー(ま)

 コロナショックによって多くの映画製作が中断に追い込まれたハリウッドも、厳格なマネージメントにより徐々にプロダクションが再開しつつある。本作はコロナ禍の2020年、ゼンデイヤが『ユーフォリア』でタッグを組んだサム・レヴィンソン監督に声をかけ、ワンシチェーションで撮られた2人芝居映画だ。ひと昔前ならこんな実験映画はなかなか陽の目を見ないところだが、これをワールドリリースできてしまうのがNetflixが存在する2020年代である。サム・レヴィンソンは『アサシネーション・ネーション』や『ユーフォリア』で見せた過剰なまでの技巧をほとんど封印し、オーセンティックでクールなモノクロ映画に仕上げている。

 夜も更けた頃、着飾った男女が帰宅する。男は上機嫌でほろ酔い気味。女は不機嫌そうな面持ちで、マカロニを湯にくべる。男マルコムは映画監督で、今夜は新作映画のプレミアが好評を博したのだ。しかし女マリーは気に食わない。マルコムはこともあろうに感謝のスピーチでマリーの名前を挙げ損ねたのだ。

 「私を軽んじないで」と言うマリー役ゼンデイヤの、これまでにない迫力に驚かされる。代表作が『スパイダーマン』シリーズや『ユーフォリア』の高校生役だったことを思えば、ようやく手に入れた等身大のキャラクターであり、彼女のキャリアにおいて重要なターニングポイントとなるだろう。「黒人クリエイターは余計に作品を政治的に見られる」というセリフが出てくるものの、レヴィンソン自ら手掛けた脚本は多分に私小説的であり、ここに『ユーフォリア』の主人公ルーの延長としてマリーがマッシュアップされている事から、本作はゼンデイヤあってのコラボレートであることがよくわかる。哀しみにまみれたヒロインの姿は『ユーフォリア』を経たゼンデイヤの真骨頂であり、相手役ジョン・デヴィッド・ワシントンは奮闘するものの、2人芝居を持たせるには芝居の手数が少なく、やや分が悪い。

 芸術家に搾取される女性の悲哀を描きながら、「あんたを叱れるのは私しかいない」という女性の度量に寄り掛かった人情的作劇はやや古臭いが、“2020年の映画”としてゼンデイヤのパフォーマンスを記録することは重要だろう。作品規模と、有力候補を多数抱えるNetflixの現状からすると実現は難しいかもしれないが、彼女のオスカー候補を期待する声もある。


『マルコム&マリー』21・米
監督 サム・レヴィンソン
出演 ゼンデイヤ、ジョン・デヴィッド・ワシントン
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