今回は2006年11月に掲載した「バッタの怪死 -鉢植えパインアップル栽培記より-」の続報です。
2019年10月19日に沖縄県名護市で草や樹の枝に頭を上にして、しがみついて死んでいるバッタ類(イナゴ亜科;恐らくコイナゴかハネナガイナゴ、以下バッタと記す)を複数見かけました(写真1~3)。
写真1~3.草や樹の枝に頭を上にして、しがみついて死んでいるバッタ類。
前回(2006年11月19日)に見た光景とよく似ています。
この現象は秋(10~11月;平均気温20~26℃)の大雨後に見られる気がします(図1)。
図1.バッタの怪死は秋の大雨後に発生する?
前回の記事では「よく見るとバッタの頭と胸の間に白いカビが生えている様です。恐らくは、バッタに寄生する菌類が発生し、バッタの集団死を招いたのだと思います。」と記しましたが、今回はその辺りをより深く追求してみます。
前回は漠然と「菌類」と記しましたが、今回はどの様な種類の菌類なのかを調べてみます。
そのために、バッタの怪死を確認した1週間後(2019年10月27日)に怪死したバッタの採集を行い、翌日に顕微鏡下で観察しました。
まずは実体顕微鏡下での観察です。
頭と胴の間の間接部分や脚(肢)の基部に白い半透明の瑞々しい球体が多数見られました(写真4~6)。
写真4~6.バッタの体表に多くの半透明な球体を確認。
また、羽(翅)と腹部の間には膜を形成していました(写真7)。
写真7.羽(翅)と腹部の間の半透明球体は膜を形成していました。
次に、膜状に発達した球体の集合体を光学顕微鏡下で観察しました。
このとき「こんなものが観察できるのでは?」と想定していたのは、バッタに感染するカビとして広く知られる Entomophaga grylli (Fressenius) Batko の分生子です(写真8)。
接眼レンズ10×対物レンズ40倍の拡大率400倍で観察したところ、乳頭状突起がある卵形の分生子が確認できました(写真9、10)。
写真9、10.観察できた乳頭状突起がある卵形の分生子。
想定通りバッタカビ(E. grylli)の分生子とよく似ています。
Entomophaga 属の分生子は似たものが多いので絵合わせ同定だけで E. grylli と決め付けるのは乱暴ですが、Entomophaga 属は宿主特異性が高い様なので(E. grylli は病型(pathotype)により特定のバッタ亜科にのみ感染する様です(Bidochka et. al. 1995))、現時点では E. grylli と同定しました。
これにより、沖縄県名護市で秋に見られる「バッタの怪死」の原因はバッタカビ(E. grylli)であることが確認できました。
今後、このバッタカビをバッタ駆除に使えないものか…、上手く利用できればバッタの大発生による食害「蝗害」を予防・鎮圧できるかもしれない、と思う方も多いでしょう。
しかし、米国 Wikipedia の「Entomophaga grylli」のページには以下の様に書かれています(2019年10月30日時点)。
Use in biological control In western Canada and the western United States, grasshoppers are estimated to cause over $400 million economic damage each year to crops and rangeland. From 1986 to 1992 an integrated pest management program was initiated by the United States Department of Agriculture and the Animal and Plant Health Inspection Service to attempt to control grasshopper numbers without the use of vast quantities of insecticide. The inclusion of the E. grylli complex in the program was investigated. A disadvantage to its use is that the fungus cannot be mass-produced and its effectiveness depends on the weather conditions (more grasshoppers are infected in warm, moist conditions).[2] Attempts to control grasshoppers with this fungus have been largely ineffective; insects can be successfully infected by injecting them with the pathogen, but introduction of North American pathotypes into Australia and vice versa have failed to establish long term infections. The pathogen has potential for biological control of grasshoppers but more research is needed.[1] 生物学的防除での使用 カナダ西部および米国西部では、バッタが作物と放牧地に毎年4億ドル以上の経済的損害を与えると推定されています。 1986年から1992年にかけて、米国農務省動植物衛生検査局によって、大量の殺虫剤を使用せずにバッタの数を防除しようとする総合的な害虫管理プログラムが開始されました。 そのプログラムではE. grylli 群についても調査されました。E. grylli 群を使用する際の欠点は、真菌を大量生産することができず、その有効性が気象条件に依存することです(暖かい、湿った条件でより多くのバッタが感染します)。[2] この菌でバッタを制御する試みは、ほとんど効果がありませんでした。昆虫に病原体を注入することで正常に感染させることができますが、オーストラリアへの北米の病原型の導入およびその逆は、長期の感染を確立することに失敗しました。病原体はバッタの生物学的防除の可能性を秘めていますが、さらなる研究が必要です。[1] (google 翻訳&ねこがため による翻訳) |
私もバッタカビの増殖ができないかと思い、分生子の膜をPDA培地に乗せてみましたが全く殖えませんでした。
それでも、培地を工夫することでバッタカビを増殖、保管し、圃場レベルでの短期間、局所防除に利用できるのでは?と云う妄想を膨らませているのは、また別の話。
○参考文献
・槐真史.2017.バッタハンドブック.(株)文一総合出版.
・Wikipedia(米)上での引用文献。
[1] Capinera, John L. (2008). Encyclopedia of Entomology. Springer Science & Business Media. pp. 1230?1231.
[2] Ramos, Mark (1993). "Entomophaga grylli: Zygomycetes: Entomophthorales". Biological control. Cornell University. Archived from the original on 2015-01-29. Retrieved 2015-03-28.
[3] Bidochka, M. J.; Walsh, S. R.; Ramos, M. E.; Leger, R. J.; Silver, J. C.; Roberts, D. W. (1995). "Pathotypes in the Entomophaga grylli species complex of grasshopper pathogens differentiated with random amplification of polymorphic DNA and cloned-DNA probes". Applied and Environmental Microbiology. 61 (2): 556?560.
○参考サイト
・農研機構;Entomophaga grylli (Fres.) Batko、Entomophaga maimaiga Humber, Shimazu & Soper
・Wikipedia(米);Entomophaga grylli
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