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散歩のコースですが、たまに駅の地下道を通って土手下の畑を覗くことがあるのです。
梅雨空で2日間行っていなかったので行ってみました。
女房から駅前の広場に和納館の看板らしきものが有ると聞いたので探してみました。
探して有ったのがこれです・・手書きで書いて有ったのですが、ちとショボくないですか?・・がっかりです。
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土手下のカボチャはこの2日間でだいぶ伸びていました・・驚いたのは土手側(東側)にだけ伸びていたのに1本西に向かって伸びていました。
どうするか悩むところですが、ほったらかし農法なのできっとこのままでしょう。
昔(江戸時代)に石瀬地区の日帰り温泉の近くに代官所が在ったそうです・・だいぶ前ですが探してみたら、やはりこの様な木の杭に書かれていてがっかりした覚えが有ります。
その後そこそこ立派な柱に建て替えられています・・あの辺りは交互に天領と与板藩領だったそうで、最後の藩主は彦根藩主(井伊直弼)の四男だったとか。
最初は長岡藩の分家だったのですが、長野(小諸)へ移封され天領を経て彦根藩の分家が移されて来たそうです。
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