長岡の新組地域に”北越戊辰戦争伝承館”が出来たと新聞に紹介されていた。
物好きなもので34°の炎天下の中早速出かけて来た。
中越地震で傷んだ土蔵の中から発見されたそうだが、北越戊辰戦争(1868年)は今から144年も前の事だ。
これだけの年月を経過してようやくこの様な施設が出来たのが興味深い。
http://www.museum.city.nagaoka.niigata.jp/sisetsu/boshin2.html
私はかって長岡に数年間勤務したことが有るが、赴任する前は色々な史跡があるのだろうと楽しみにしていた。
ところが当時は口にすることさえ出来ない”異様な雰囲気”が感じられた。
その後DVDを観て自分なりに納得した次第だった。
この地域は長岡城奪還で有名な”八丁沖(八町潟)”が目の前で水田となっている。
真ん中の写真で中央には”潟”が見え、左下には”城”(現長岡駅)が有る。
この地域の田圃は湿田が多く、前の水害では当時の”潟”が出現した様な状況だったそうだ。
新政府軍
薩摩藩 長州藩 長府藩 尾張藩 松代藩 上田藩 田野口藩 大垣藩 高田藩 加賀藩 富山藩
同盟軍
長岡藩 会津藩 米沢藩 村松藩 新発田藩(途中離脱)
この戦いで多くの兵士が亡くなっているが、この地域の町人、農民の人家にも大きな被害が出ているのも事実だ。
この伝承館で説明してくれた人が”ぽつり”と言っていた。
”この辺りの家に火を付けたのは長岡藩の侍だ!”
(戦国時代の戦いでは”攻める側”はまず相手の城下町を焼き討ちした)
私の前の訪問者は物書きだそうで河井継之助の小説を書く為に来たらしい。