6月28日は、記事にした通り伊豆高原の近くにいましたが、次の日の朝にミクネの神(天之常立之神)に聞いてみると
昼頃にK会長と待ち合わせして、始めに行ったのは河口湖畔にある「さくや愛の鐘」でした。
石碑に書いてある通り、私とSZさんは、鐘を2回ずつ鳴らしてみましたが、鳴らすのは結構難しく、大きな鐘の音でした。
ここから見える富士山。
K会長の車の先導で、河口湖を一周しましたが、やっぱり富士山の美しさに目を奪われますね。
拝殿でお参りした後は、奥の方にある七本杉を見に行きました。
割と最近説明の看板が立ったようですね。
樹齢1200年以上の杉の木の大きさに圧倒されました。
この神社の歴史を見てみると、864年(貞観6年)に富士山の噴火があり、それを鎮めるために翌年865年に創建されたのですね。
今日はK(会長)のところへ行ったらいいよ。
と言われて富士山の近くにいるK会長に連絡して行くことにしました。
この日もとても良い天気で、そしてとても暑い日でした。
SZさんと熱海を出発したのは午前10時頃です。
途中、高速道路から見えた富士山。
昼頃にK会長と待ち合わせして、始めに行ったのは河口湖畔にある「さくや愛の鐘」でした。
湖畔の遊歩道をしばらく歩くとありました。
石碑に書いてある通り、私とSZさんは、鐘を2回ずつ鳴らしてみましたが、鳴らすのは結構難しく、大きな鐘の音でした。
ここから見える富士山。
K会長の車の先導で、河口湖を一周しましたが、やっぱり富士山の美しさに目を奪われますね。
ミクネの神からは、河口浅間(かわぐちあさま)神社に行ったらいいと言われていたので、K会長に案内して貰いました。
拝殿でお参りした後は、奥の方にある七本杉を見に行きました。
割と最近説明の看板が立ったようですね。
樹齢1200年以上の杉の木の大きさに圧倒されました。
そして、一番奥の方に山神社がありました。
この神社の歴史を見てみると、864年(貞観6年)に富士山の噴火があり、それを鎮めるために翌年865年に創建されたのですね。
ご祭神は、浅間大神(あさまおおかみ)ですが、神社ではコノハナサクヤヒメとしているようです。
貞観大地震は、調べると869年に起きています。
東日本大震災は、この時以来の大規模の地震だと言われています。
富士山は噴火するし、大地震は起こるし、大変な時代だったのでしょうね。
貞観年間には、阿蘇山、鳥海山、開聞岳も噴火しているようですよ。
私は以前に調べた陽成天皇 (ようぜいてんのう)のことを思い出していました。
🌟陽成天皇
生誕869年-死没949年 平安時代前期,第57代天皇。在位876-884。
貞観(じょうがん)10年12月16日生まれ。
生誕869年-死没949年 平安時代前期,第57代天皇。在位876-884。
貞観(じょうがん)10年12月16日生まれ。
清和天皇の第1皇子。母は藤原高子。
父の譲位により9歳で即位。
父の譲位により9歳で即位。
母の兄で藤原良房の養子藤原基経(もとつね)が摂政となり,実権をにぎる。
病弱の理由などで,17歳で譲位。
病弱の理由などで,17歳で譲位。
天暦(てんりゃく)3年9月29日死去。82歳。
墓所は神楽岡東陵(かぐらおかのひがしのみささぎ)(京都市左京区)。諱(いみな)は貞明(さだあきら)。
墓所は神楽岡東陵(かぐらおかのひがしのみささぎ)(京都市左京区)。諱(いみな)は貞明(さだあきら)。
9歳から17歳の本当に子供の時に天皇だったのですね。
やっぱり藤原氏は、強いのだと思いました。
続きます。
当方は、その逆を旅しました。と言っても、1ヵ月の時間差があります。
nonahouseさんのメニューを見ると、英彦山—品川神社—熱海に業平まであって、当ブログでも扱っています。
例えば英彦山です。
https://blog.goo.ne.jp/iinna/e/ad6a278aef9605fa06a7a4edc883ba2f
「言問」の地名は在原業平の詠んだ都鳥 (ユリカモメ)の和歌から・・・
https://blog.goo.ne.jp/iinna/e/e8077241444a05a054099eaebc2f55cb
そして、古代史は次のとおりです。
https://blog.goo.ne.jp/iinna/e/88264fc029dfce389cf080be90a20922
コメント、ありがとうございました。
興味深い記事のご紹介もありがとうございます。
伊豆山神社も、同じくらいに行っていたようですね。