“記念品”
先日、ドラマのエキストラをした。
離れた町に住む友人が、ロケの世話役をすることになり
そこから要請があった。
友人は、俗に言う地元の名士の夫人。
観光協会から依頼があれば、自宅や庭を撮影に貸したりもするので
たまにこういうことがある。
去年声がかかったのは韓流ドラマで、興味が無いため行かなかった。
その前は夏で、暑いのが嫌で行かなかった。
エキストラなんて、近所でいくらでも調達できるのに
わざわざ遠くの私に声をかけてくれた善意を無にしていた。
しかし今回は、サスペンスドラマ…そして冬。
二つ返事で引き受けた。
あと何人か欲しいと言われ、4人の友人に声を掛けたら
狂喜乱舞、何としてでも行くと言う。
ミーハーは、私だけではなかったようだ。
当日の夕方、我々5人のオバサンは、女優気取りでロケ地へ乗り込んだ。
集合場所の公共施設には、同じくエキストラをする地元の人々が
30人ほど集まっていた。
撮影するのは、殺された人の通夜のシーン。
葬儀屋さんを呼んで、本格的に組まれたセットであった。
喪服を着込んで数珠を持ち、スタンバイOK。
皆の意気込みは、かなりのものであった。
友人と久々の再会を喜び合う私を尻目に
モンちゃんは、いつもかけている眼鏡をはずし
ナツミは、念入りにメイク直しを続け
極度の寒がりのサチコは、毛糸の靴下を脱いでいた。
年配のヤエさん、ツヤツヤと栗色に輝くキノコ状の
カツラをかぶって来たのにも驚いたが、今度は二つ持って来た真珠の指輪を
玉の大きいほうに換えているではないか。
最初にADと呼ばれる若者が
エキストラの中でも重要な役割をする10人を選ぶ。
選考の基準は、殺された人と同年代の中年女性。
一同、固唾を飲んで審判を待つ。
我々5人も、まんじりともせずにADを見つめたが、全員漏れた。
選ばれた人は、ナチュラルカラーのロングヘア率と、小柄率高し。
高年にさしかかった我々は、すでに中年という最低条件すら
満たしていないのも忘れ、揃ってショートヘアを残念がった。
なぜならこの10人は、出番が多いばかりではなく
ロケ弁という名の未知なる食品をいただけると言うではないか。
「フン…いかにも田舎のお通夜にいそうなオバサンが必要だからよ」
サチコが負け惜しみを言う。
さすが我が友人である。
しかしほどなく、その人達の出番は夜中で
しかも屋外の撮影と聞き、ホッとする。
この寒さの中、ロケ弁と引き換えに
健やかな老後を無にするわけにはいかない。
体が元手だ。
次の選考は、通夜の席で親族として座る役が10人。
殺された人の奧さん役をする女優(名前は知らない)と一緒の席に着くので
映る確率高し。
まず白髪頭の老人男女、学生服を着た少年がピックアップされた。
ヤエさん、ヅラをかぶって来たのを悔しがる。
あとは女性2人が選ばれることになったが
5人は、ここでも徹底的に無視される。
我々は半ばヤケで、その他大勢の参列者としてパイプ椅子に座った。
女優や俳優が到着し、打ち合わせと短い撮影がいくつか終了したら
私がまず室外へ誘導される。
「ご苦労様でした」と言われたので、もういらんということだろう。
残念…チーン。
振り返り振り返り、退場。
部屋を出て撮影を見学していると、私のようにお役ご免となった者が
一人、また一人と部屋を出てくる。
5人のうち、最後まで参列者としてパイプ椅子に残ったのは
眼鏡をはずしたモンちゃんと、メイクが念入りなナツミ。
どっちも背中しか映らない。
ドラマの撮影隊というのは、もっとピリピリしているのかと思ったら
監督以下、皆和気あいあいと和やかそのものである。
でも役者って、大変な仕事みたい。
ここで何歩とか、ふりむき方とか、顔つきとか
ほんの数秒のシーンでも、一挙手一投足、細かい打ち合わせがあり
指示、テスト、本番、チェックの繰り返し。
知らない所へ来て、暑かろうが寒かろうが
昼だろうが夜だろうが、ああせぇこうせぇ…
私には耐えられないわ。
大丈夫か、主婦だから。
すっかりだらけていたら、ADから声がかかった。
「ここに立って、女優さんが前に進んだら、4つ数えて進んでください」
脚本では、その女優(けっこう有名)と、もう一人の俳優(かなり有名)は
何やら確執がある設定になっている。
この二人がからむシーンで、私はその横を通り過ぎる役だ。
早い話が通行人。
「あなた、やっぱりオーラが出てるのよ」
などと周囲の人々に言われ、背中を叩かれたりして、すっかりいい気になる。
サチコも、私の後ろを横切る役を与えられて嬉しそう。
この頃には日もとっぷり暮れ、底冷えがしんしんと身に沁みる。
でも、今の私は女優よ…寒さなんかに負けないわ!
あの、テレビでよく見る女優の後ろを歩き
あの、誰でも知っている俳優とすれ違う。
女優という生き物は、とても小さくて、身の厚みが薄く、色白で顔の半分が目。
俳優という生き物は、とても肌がきれいで、身のこなしがスマート。
今をときめく主役級は、夜中の撮影に登場するらしいけど
これでも充分幸せだわ!
しかし撮影はされたいが、テレビで流れるのは嫌という
この矛盾した気持ちをどうすればいいのか。
そんなことを考えているうちに、出番は終了した。
控え室で、ADが問う。
「最初に選ばれた10名の皆さん以外は、これでお帰りいただきます。
これといった撮影が無かった人は、いらっしゃいますか?」
エキストラの中で一人、ヤエさんが悲しそうに手を挙げる。
やはり不自然なヅラが響いたのだろうか。
「すみません、皆さんに役が当たるように
気をつけていたつもりだったんですが。
せっかく来ていただいたのに、申し訳ないです。
記念品を二つ持って帰ってください」
若いイケメンのADは、歯切れ良く言うた…言いおった。
オーラも何も、まったく関係ないのであった。
無料で使う田舎のしろうとに、お情けで軽い役を振り分け
サービスしてくれただけであった。
めくるめくエキストラの一夜は、こうして終わった。
先日、ドラマのエキストラをした。
離れた町に住む友人が、ロケの世話役をすることになり
そこから要請があった。
友人は、俗に言う地元の名士の夫人。
観光協会から依頼があれば、自宅や庭を撮影に貸したりもするので
たまにこういうことがある。
去年声がかかったのは韓流ドラマで、興味が無いため行かなかった。
その前は夏で、暑いのが嫌で行かなかった。
エキストラなんて、近所でいくらでも調達できるのに
わざわざ遠くの私に声をかけてくれた善意を無にしていた。
しかし今回は、サスペンスドラマ…そして冬。
二つ返事で引き受けた。
あと何人か欲しいと言われ、4人の友人に声を掛けたら
狂喜乱舞、何としてでも行くと言う。
ミーハーは、私だけではなかったようだ。
当日の夕方、我々5人のオバサンは、女優気取りでロケ地へ乗り込んだ。
集合場所の公共施設には、同じくエキストラをする地元の人々が
30人ほど集まっていた。
撮影するのは、殺された人の通夜のシーン。
葬儀屋さんを呼んで、本格的に組まれたセットであった。
喪服を着込んで数珠を持ち、スタンバイOK。
皆の意気込みは、かなりのものであった。
友人と久々の再会を喜び合う私を尻目に
モンちゃんは、いつもかけている眼鏡をはずし
ナツミは、念入りにメイク直しを続け
極度の寒がりのサチコは、毛糸の靴下を脱いでいた。
年配のヤエさん、ツヤツヤと栗色に輝くキノコ状の
カツラをかぶって来たのにも驚いたが、今度は二つ持って来た真珠の指輪を
玉の大きいほうに換えているではないか。
最初にADと呼ばれる若者が
エキストラの中でも重要な役割をする10人を選ぶ。
選考の基準は、殺された人と同年代の中年女性。
一同、固唾を飲んで審判を待つ。
我々5人も、まんじりともせずにADを見つめたが、全員漏れた。
選ばれた人は、ナチュラルカラーのロングヘア率と、小柄率高し。
高年にさしかかった我々は、すでに中年という最低条件すら
満たしていないのも忘れ、揃ってショートヘアを残念がった。
なぜならこの10人は、出番が多いばかりではなく
ロケ弁という名の未知なる食品をいただけると言うではないか。
「フン…いかにも田舎のお通夜にいそうなオバサンが必要だからよ」
サチコが負け惜しみを言う。
さすが我が友人である。
しかしほどなく、その人達の出番は夜中で
しかも屋外の撮影と聞き、ホッとする。
この寒さの中、ロケ弁と引き換えに
健やかな老後を無にするわけにはいかない。
体が元手だ。
次の選考は、通夜の席で親族として座る役が10人。
殺された人の奧さん役をする女優(名前は知らない)と一緒の席に着くので
映る確率高し。
まず白髪頭の老人男女、学生服を着た少年がピックアップされた。
ヤエさん、ヅラをかぶって来たのを悔しがる。
あとは女性2人が選ばれることになったが
5人は、ここでも徹底的に無視される。
我々は半ばヤケで、その他大勢の参列者としてパイプ椅子に座った。
女優や俳優が到着し、打ち合わせと短い撮影がいくつか終了したら
私がまず室外へ誘導される。
「ご苦労様でした」と言われたので、もういらんということだろう。
残念…チーン。
振り返り振り返り、退場。
部屋を出て撮影を見学していると、私のようにお役ご免となった者が
一人、また一人と部屋を出てくる。
5人のうち、最後まで参列者としてパイプ椅子に残ったのは
眼鏡をはずしたモンちゃんと、メイクが念入りなナツミ。
どっちも背中しか映らない。
ドラマの撮影隊というのは、もっとピリピリしているのかと思ったら
監督以下、皆和気あいあいと和やかそのものである。
でも役者って、大変な仕事みたい。
ここで何歩とか、ふりむき方とか、顔つきとか
ほんの数秒のシーンでも、一挙手一投足、細かい打ち合わせがあり
指示、テスト、本番、チェックの繰り返し。
知らない所へ来て、暑かろうが寒かろうが
昼だろうが夜だろうが、ああせぇこうせぇ…
私には耐えられないわ。
大丈夫か、主婦だから。
すっかりだらけていたら、ADから声がかかった。
「ここに立って、女優さんが前に進んだら、4つ数えて進んでください」
脚本では、その女優(けっこう有名)と、もう一人の俳優(かなり有名)は
何やら確執がある設定になっている。
この二人がからむシーンで、私はその横を通り過ぎる役だ。
早い話が通行人。
「あなた、やっぱりオーラが出てるのよ」
などと周囲の人々に言われ、背中を叩かれたりして、すっかりいい気になる。
サチコも、私の後ろを横切る役を与えられて嬉しそう。
この頃には日もとっぷり暮れ、底冷えがしんしんと身に沁みる。
でも、今の私は女優よ…寒さなんかに負けないわ!
あの、テレビでよく見る女優の後ろを歩き
あの、誰でも知っている俳優とすれ違う。
女優という生き物は、とても小さくて、身の厚みが薄く、色白で顔の半分が目。
俳優という生き物は、とても肌がきれいで、身のこなしがスマート。
今をときめく主役級は、夜中の撮影に登場するらしいけど
これでも充分幸せだわ!
しかし撮影はされたいが、テレビで流れるのは嫌という
この矛盾した気持ちをどうすればいいのか。
そんなことを考えているうちに、出番は終了した。
控え室で、ADが問う。
「最初に選ばれた10名の皆さん以外は、これでお帰りいただきます。
これといった撮影が無かった人は、いらっしゃいますか?」
エキストラの中で一人、ヤエさんが悲しそうに手を挙げる。
やはり不自然なヅラが響いたのだろうか。
「すみません、皆さんに役が当たるように
気をつけていたつもりだったんですが。
せっかく来ていただいたのに、申し訳ないです。
記念品を二つ持って帰ってください」
若いイケメンのADは、歯切れ良く言うた…言いおった。
オーラも何も、まったく関係ないのであった。
無料で使う田舎のしろうとに、お情けで軽い役を振り分け
サービスしてくれただけであった。
めくるめくエキストラの一夜は、こうして終わった。