『五十肩・アゲイン』
今度は右肩。
一昨年やった左肩の無理がきたみたいね。
長さ1メートルくらいあるこのポールで、トレーニング中ざます。
同窓会の会計係になったのは、以前お話しした。
任期は3年。
なぜこういうことになったのか、経緯は知らないが
無職で暇そうなのは、誰が見てもわかろう。
気がついたら、そうなっていた。
来たものは、拒まない。
今まで免れていた幸運に、チラリと思いを馳せるのみ。
その役目を通して同級生を眺め、しみじみ思う。
人間、50を過ぎると、これまでの生き方が表面に現れやすくなるようだ。
口うるさい者は、よりうるさく、セコい者は、よりセコさを増す。
反面、好ましい者や尊敬している者は、さらに好ましく貴重に思え
この友人を与えられた感謝感動が、わき上がる。
しかしそれらの印象は、私の身勝手な感覚でもある。
これまでは、気の合う者とだけつるんでいればよかったのが
役員になって会に深く関われば、あまり接触の無かった者とも
交流せざるを得なくなる。
接触しなかったのは、気が合わなかったからであり
接触を好んだのは、ひとえに気が合ったからに過ぎない。
それを気ままなオバサンの視線で、暇にあかせて眺めれば
ボロも宝も出てくるというものだ。
会計の前任者は、ヨシエ。
保育士の彼女は、ずっと「先生とは」をテーマに生きてきたような
真面目人間である。
会計を9年もやってくれていたが、今回私と交代することになった。
この引き継ぎで、まずつまづいた。
何回聞いても、よくわからない。
ただの同窓会の会計が、途方もなく難しい仕事に思えてくる。
自分の頭は、もう社会に適合しないのではないかとすら考えた。
「こんなに理解力が無いとは思わなかった…」
ヨシエにサジを投げられ、通帳や帳簿、事務用品一式の入った
大きな袋を二つ抱えて、力なく帰宅。
家でじっくり見て、やっと判明した。
わかってないのはヨシエだったと。
幼児教育ではベテランを誇るヨシエだが
数字に関しては、まったくのしろうとであった。
わからないまま編み出した我流を
仕事で少々かじった私に教えていたわけだ。
簿記の基礎を無視した手作りの帳簿を何冊も作って
いたずらに仕事を増やし、複雑にしていただけであった。
ヨシエは私のために、手作りノートを何冊も用意してくれていた。
1ページずつ、何本も縦線を引いて項目を記入し
後ろから前に進む、使いにくさを極めたオリジナルである。
これでよく収支が合っていたものだと、別の意味で感心してしまう。
「頑張れば、きっとできるわ」
先生っぽく私を励ましたヨシエ。
できるもんかい…私は迷わず新しい出納帳を買った。
既製品の出納帳は、次にヨシエが会計になるまでは、ばれない。
その頃には、お互い頭もボケているだろうから大丈夫。
しかし、会の通信を送った時、糊付きの封筒にクレームがついた。
「糊付きは高いのよ!
会費は大切に使わないとだめじゃない!」
使いものにならないノートを何冊も買うのは、いいらしい。
来年も、糊付きの封筒にしようと誓う。
今年度初の会合では「笑顔が足りない」と、皆の前で注意を受ける。
なにしろ先生様なので、何かアドバイスしないと気が済まないのだ。
いつも仏頂面で「ほら、早く、金、金」と
感じ悪く会費を取り立てていた者に言われたくないが
どうやら会計には、笑顔が必要らしい。
別の日、同級生の親の葬式で「今日の笑顔はどう?」と聞いたら
「バカ!時と場合を考えなさい!」
と、また怒られた。
それを聞いていた者達は
「引退しても、相変わらずね」
「みりこんは打たれ強いから、大丈夫」
「私の時は、泣いちゃった」
などと言うではないか。
ヨシエの横暴は、皆知っていたようだ。
無職で暇な上に、鈍感。
もしかして、これが私を会計にした本当の理由かもしれない。
ヨシエの引き継ぎやご指南が怖くて、他になり手がなかったのだ。
日頃、同級生、同級生と言っているわりに、私は何も知っちゃいなかった。
働いていた頃は、他の者が犠牲になってくれていたのだと
改めて申し訳なく思う。
さて、年に5回ほど、10数人が集まる地元の会合がある。
その幹事も、私の仕事だ。
これまでは、同級生のルリコが経営する小さな食堂で行うのが慣例であった。
狭いのもあって、貸し切りにしてくれるのはありがたいんだけど
お会計が、どうも明朗じゃないみたい。
経営が厳しいのはわかるが、この数年、割り勘の額が高まる一方だ。
一人5千円以上払うのなら、おいしくもなく、清潔でもない
ルリコの店でなくていいじゃないかと、数々のブーイングもあった。
だんだん集まりが悪くなってきたのは、それが原因ではないのか。
会がお開きとなり、勘定をたずねたら、7万ちょうどだった。
その日はルリコも入れて、15人の集まり。
早めに行って配膳を手伝ったので、席も料理も
15人分用意してあったのは知っている。
が、ルリコは慣れた様子で、総額を14で割った。
高いはずである。
私でも、暗算くらいはできる。
一人当たり、ぽっきり5千円。
ルリコは「ハシタをもいであげた」と強調するものの
これはひょっとして、どんぶり勘定と呼ぶのではないのか。
もちろん、いい加減な自分のことは、棚に上げている私である。
14じゃなくて、15で割ってくれと言うと
「私は忙しくて、そんなに食べてないのに」
と、ふくれるルリコ。
見苦しい。
前任者であるヨシエの任期が長かったため
いつしか二人の間で、なあなあになっていたらしい。
これはひょっとして、癒着と呼ぶのではないのか。
もちろん、だらしない自分のことは、棚に上げている私である。
次からは独断で、店を変えることにした。
会計はやはり、正規の任期で交代するのが正しいと思った。
今度は右肩。
一昨年やった左肩の無理がきたみたいね。
長さ1メートルくらいあるこのポールで、トレーニング中ざます。
同窓会の会計係になったのは、以前お話しした。
任期は3年。
なぜこういうことになったのか、経緯は知らないが
無職で暇そうなのは、誰が見てもわかろう。
気がついたら、そうなっていた。
来たものは、拒まない。
今まで免れていた幸運に、チラリと思いを馳せるのみ。
その役目を通して同級生を眺め、しみじみ思う。
人間、50を過ぎると、これまでの生き方が表面に現れやすくなるようだ。
口うるさい者は、よりうるさく、セコい者は、よりセコさを増す。
反面、好ましい者や尊敬している者は、さらに好ましく貴重に思え
この友人を与えられた感謝感動が、わき上がる。
しかしそれらの印象は、私の身勝手な感覚でもある。
これまでは、気の合う者とだけつるんでいればよかったのが
役員になって会に深く関われば、あまり接触の無かった者とも
交流せざるを得なくなる。
接触しなかったのは、気が合わなかったからであり
接触を好んだのは、ひとえに気が合ったからに過ぎない。
それを気ままなオバサンの視線で、暇にあかせて眺めれば
ボロも宝も出てくるというものだ。
会計の前任者は、ヨシエ。
保育士の彼女は、ずっと「先生とは」をテーマに生きてきたような
真面目人間である。
会計を9年もやってくれていたが、今回私と交代することになった。
この引き継ぎで、まずつまづいた。
何回聞いても、よくわからない。
ただの同窓会の会計が、途方もなく難しい仕事に思えてくる。
自分の頭は、もう社会に適合しないのではないかとすら考えた。
「こんなに理解力が無いとは思わなかった…」
ヨシエにサジを投げられ、通帳や帳簿、事務用品一式の入った
大きな袋を二つ抱えて、力なく帰宅。
家でじっくり見て、やっと判明した。
わかってないのはヨシエだったと。
幼児教育ではベテランを誇るヨシエだが
数字に関しては、まったくのしろうとであった。
わからないまま編み出した我流を
仕事で少々かじった私に教えていたわけだ。
簿記の基礎を無視した手作りの帳簿を何冊も作って
いたずらに仕事を増やし、複雑にしていただけであった。
ヨシエは私のために、手作りノートを何冊も用意してくれていた。
1ページずつ、何本も縦線を引いて項目を記入し
後ろから前に進む、使いにくさを極めたオリジナルである。
これでよく収支が合っていたものだと、別の意味で感心してしまう。
「頑張れば、きっとできるわ」
先生っぽく私を励ましたヨシエ。
できるもんかい…私は迷わず新しい出納帳を買った。
既製品の出納帳は、次にヨシエが会計になるまでは、ばれない。
その頃には、お互い頭もボケているだろうから大丈夫。
しかし、会の通信を送った時、糊付きの封筒にクレームがついた。
「糊付きは高いのよ!
会費は大切に使わないとだめじゃない!」
使いものにならないノートを何冊も買うのは、いいらしい。
来年も、糊付きの封筒にしようと誓う。
今年度初の会合では「笑顔が足りない」と、皆の前で注意を受ける。
なにしろ先生様なので、何かアドバイスしないと気が済まないのだ。
いつも仏頂面で「ほら、早く、金、金」と
感じ悪く会費を取り立てていた者に言われたくないが
どうやら会計には、笑顔が必要らしい。
別の日、同級生の親の葬式で「今日の笑顔はどう?」と聞いたら
「バカ!時と場合を考えなさい!」
と、また怒られた。
それを聞いていた者達は
「引退しても、相変わらずね」
「みりこんは打たれ強いから、大丈夫」
「私の時は、泣いちゃった」
などと言うではないか。
ヨシエの横暴は、皆知っていたようだ。
無職で暇な上に、鈍感。
もしかして、これが私を会計にした本当の理由かもしれない。
ヨシエの引き継ぎやご指南が怖くて、他になり手がなかったのだ。
日頃、同級生、同級生と言っているわりに、私は何も知っちゃいなかった。
働いていた頃は、他の者が犠牲になってくれていたのだと
改めて申し訳なく思う。
さて、年に5回ほど、10数人が集まる地元の会合がある。
その幹事も、私の仕事だ。
これまでは、同級生のルリコが経営する小さな食堂で行うのが慣例であった。
狭いのもあって、貸し切りにしてくれるのはありがたいんだけど
お会計が、どうも明朗じゃないみたい。
経営が厳しいのはわかるが、この数年、割り勘の額が高まる一方だ。
一人5千円以上払うのなら、おいしくもなく、清潔でもない
ルリコの店でなくていいじゃないかと、数々のブーイングもあった。
だんだん集まりが悪くなってきたのは、それが原因ではないのか。
会がお開きとなり、勘定をたずねたら、7万ちょうどだった。
その日はルリコも入れて、15人の集まり。
早めに行って配膳を手伝ったので、席も料理も
15人分用意してあったのは知っている。
が、ルリコは慣れた様子で、総額を14で割った。
高いはずである。
私でも、暗算くらいはできる。
一人当たり、ぽっきり5千円。
ルリコは「ハシタをもいであげた」と強調するものの
これはひょっとして、どんぶり勘定と呼ぶのではないのか。
もちろん、いい加減な自分のことは、棚に上げている私である。
14じゃなくて、15で割ってくれと言うと
「私は忙しくて、そんなに食べてないのに」
と、ふくれるルリコ。
見苦しい。
前任者であるヨシエの任期が長かったため
いつしか二人の間で、なあなあになっていたらしい。
これはひょっとして、癒着と呼ぶのではないのか。
もちろん、だらしない自分のことは、棚に上げている私である。
次からは独断で、店を変えることにした。
会計はやはり、正規の任期で交代するのが正しいと思った。