殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

鯛の舟盛り

2015年09月05日 10時02分41秒 | みりこんぐらし
小5の時に転校した佐藤君が、同級生に会いたがっていると聞き

親睦会を催すことになった。

彼と連絡を取り合っている男子によると

佐藤君は関西で警察官をしており、このたび早期退職を決めた途端に

昔が懐かしくなったという。


同窓会の会計係をしている私は、さっそくあちこちに連絡する。

そうよ…私は会計係。

三役の任期は3年なので、昨年末でお役御免のはずだが

規約が改定され、会計だけ任期が無期限となった。

それは私が有能だからではなく、暇だからであろうと察する。


12名の参加が決まったが、問題は会場。

いつも使う、同級生ルリコの食堂を推す男子。

ルリコの店以外ならどこでもいいと主張する女子。

双方譲らないので調整に時間がかかった。


男子がなぜルリコの店を推すか…

それは町内にあるので歩いて帰れるからだ。

女子がなぜルリコの店を避けたがるか…

ルリコのボッタクリ…いや、商売熱心に嫌気がさしているからだ。


だが最終的にはルリコの店に決定。

発言権の強い会長と副会長が男子だからである。

女子の落胆は大きかった。

「でもみんなと会えるしね!

おいしい物はこの次、女子だけの時に」

各自、気を取り直して同じことを言うのがフビンであった。


親睦会の日、45年ぶりに会う佐藤君は

子供の頃と同じ、礼儀正しい爽やか男子のままだった。

「無理を言ったから」と、一人一人に手土産の菓子折りを配る。

なんていい人だ!


乾杯の後は、思い出話で盛り上がる一同。

話題は、担任だった厳しい女先生のことになった。

そこで私は、佐藤君が転校する際に起きたひと悶着を話す。


彼は、親が隣町に家を新築したために転校したのだが

たった一駅という近さに子供心は揺れた。

女子は無関心だったが、男子は総力を挙げて

佐藤君に汽車通学(まだ電車ではない)をそそのかした。

佐藤君は迷った。


そんなある日、先生は佐藤君だけがいない教室で

我々クラスメイトに言った。

「無責任に引き止めて、迷わせるようなことをしてはいけません。

一緒にいるだけが友達ではないのです。

笑って見送るのも友情です」

佐藤君残留の運動は、これで終結した。

数日後、クラスでお別れのドッジボール大会を開いて

佐藤君は転校して行った。

この話は教室にいなかった佐藤君を始め、誰も覚えていなかった。


私が話したかったのは、先生がどうやって

佐藤君だけいない状況を作ったのかという疑問だった。

しかしそれを聞いた佐藤君は、意外にもポロリと涙を流した。

「嬉しいよ、先生もみんなも、そんなに僕のことを考えてくれていたんだね。

距離が中途半端な転校だったし、今までどこへ行っても

よそ者みたいな気持ちで生きてたけど、僕には帰る所がちゃんとあったんだね!

ありがとう、本当に来て良かった!」


思わぬ展開になり、当惑する私。

だが、皆はさらに盛り上がる。

「そうよ、佐藤君の故郷はここよ!」

「お前は俺らと居ればいいんだよ!」

「もう一回乾杯しようぜ!」


まさに宴たけなわのその時である。

ルリコが旦那さんと二人がかりで

ラップに包まれた1メートルぐらいの物体を運んで来た。

ゲッ!鯛の舟盛り!

こっちも思わぬ展開だ。


ルリコの店を使う時、私はいつも釘を刺す。

「行って注文するから、ごちそうを用意しなくていいからね。

みんなはお好み焼きが食べたいんだから」

変なモンを出されてディナー並みの料金を払うくらいなら

別の店に行きたいのが本音である。

しかしルリコがそれに従うことは無かった。


食堂とは名ばかり、ルリコの店はお好み焼き屋がごはん物や麺類も出す

小さな店だ。

数年前に腱鞘炎を手術してから、彼女はお好み焼きを焼きたがらなくなった。

同級生の集まりには会席や無国籍、創作料理と銘打って

妙ちきりんな食べ物を出すようになり、支払い金額も跳ね上がった。


「せっかくだから…」

ルリコは言いながら、お舟をテーブルに設置。

この女は何の集まりでも「せっかくだから…」と言う。

その「せっかく」は、せっかく集まった我々に向けてでなく

せっかく宴会を請け負った自身の店に向けられたものに

聞こえてならない。


前回はベトナムがテーマということで

中身がキャベツばっかりの生春巻きや、ビーフンのマヨネーズ和えが出た。

「いつも新しい料理を勉強している」

ルリコは言うが、利益の少ないお好み焼きを一枚一枚焼くより

大皿料理をパセリで飾った方が、楽で儲かるからだ。


その夜の献立は、カレー味でインド風と名乗るカボチャの煮物

冷凍豚バラの生臭さがポイントのゴーヤチャンプルー

フランスパンにアボカドとシーチキンのオシャレなディップ

隠し味に豆板醤を使った冷凍スペアリブと石のごとく硬いタケノコの煮物。

そこへ鯛の舟盛り。

今宵は料理で世界一周か!


瀬戸内沿岸育ちの我ら…

舟盛りなんて珍しいともすごいとも、だ~れも思やしないのよ。

これで一気に客単価を上げるつもりなのは一目瞭然。

すでに酔っ払って何も気づかない男子を横目に

女子一同は言うに言えない悔しさで、目配せをし合うのだった。


親睦会は盛況のうちに終わり、ご清算の瞬間がやってきた。

ルリコは笑顔で発表する。

「一人7千円」


この歯がゆさを誰がわかってくれようか。

老い先短い身、おいしい物になら何万出したって惜しくない。

だけどおいしくない物に払う金は、ひどく惜しい。

千円札を7枚数えながら、近日中に別の店での女子会を申し合わせる

女子一同であった。
コメント (9)
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