殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

網元(あみもと)

2020年03月12日 16時23分42秒 | みりこんぐらし
夫の姉カンジワ・ルイーゼが我が家へ持ち込む品に

あんまり嬉しい物は無い。

年に一度、義母ヨシコの誕生日か敬老の日にくれる『差肉』

(ヨシコ一人分だけ牛ロース、我々の分は硬くて安い輸入肉と

あからさまな差をつけるので差肉と呼んでいる)

前夜の残り物

(塩分を憎むルイーゼの料理は、味が無いので誰も食べない)

それから、捨てるのが厄介な古い家電ぐらいだろうか。


しかしごくたまに、マトモな物が訪れる時がある。

ルイーゼにとって唯一の友達、通称『網元』がくれる

中元歳暮のハム、ソーセージ。

ルイーゼが、それらを我が家に持って来ることがある。

パーキンソン病と糖尿病を患う彼女の亭主が際限なく欲しがるので

見せたくないという理由からだ。


網元は以前、老人ホームの厨房でルイーゼの同僚だった。

ルイーゼは今も務めているが、網元は早くに辞めて

あちこちの職場を転々としている。

友達いない歴60年余りのルイーゼだが

網元とはウマが合ったらしく、今も時々会って

ランチや日帰り旅行に出かける。


ハム、ソーセージの恩もさることながら

あのルイーゼの友達をやってくれるなんて、どんな人だろう?

我々家族は、この件について話し合ってきた。

ヨシコ情報によれば網元は独身で、ルイーゼより2才年下。

うちの夫と同い年で、夫と同じく

いたずらに遠い高校へ電車通学していたそうだ。

ということは、夫の同級生らしい。

それから私の生まれた町の住民で

小学校は違うけど中学では2年先輩らしい。

つまり網元は、夫とも私とも全く無縁の人ではないようだ。


ちなみに網元のニックネームは、我々が付けたもの。

最初の頃、ヨシコが彼女のことを

「網元のお嬢さん」と言っていたからだ。


一般的に網元とは漁船を何隻か保有し

操縦者や漁師を雇って漁をさせ

獲れた魚をまとめて売る社長的職業。

資本がいるし、漁師をまとめる技量も問われるので

生半可な者には務まらない。

だから名士のうちに数えられる。

しかし私の生まれた田舎町の小さな漁港に

そのような豪勢なシステムは存在しない。

小舟が数隻、それぞれが瀬戸の小魚を細々と獲り

後先は保証金頼りの漁港である。


が、中元歳暮の中にハム、ソーセージが複数あるところをみると

他の贈答品も多いことは察しがつく。

網元は、漁業組合関係者の身内なのだろう。

娘様のお友達をことさら美化したいヨシコの妄言を揶揄し

我々はあえて彼女のことを網元と呼び続けるのだ。


ちなみに去年、ヨシコはルイーゼと一緒の時に

偶然、網元に会ったそうだ。

「あんなに太ったおばさんとは夢にも思わなかった」

ヨシコはびっくりしたと言う。

おばあさんにおばさんと言われる網元が、気の毒になった。


ともあれ、我々の興味は網元の人柄。

ルイーゼと仲良くできるなんて、タダモノじゃないからだ。

思い起こせば40年前、ルイーゼの披露宴では

友人として招待された彼女の同級生3人が

口を揃えて言ったものだ。

「話したこともないのに、何で招ばれたのかわからない」


披露宴に友人はつきものである。

相手は友人を招くのに

こっちは友人がいないからゼロでは格好がつかない。

ルイーゼは友人の席をこの3人で埋めたに過ぎず

披露宴以後も3人と接触は無い。

そんなルイーゼと親しくできるからには

何かしら人類を超越した部分があるに違いないのだ。


私は地元で洋品店を営む友人、マミちゃんにたずねてみた。

彼女は町のことなら、おおかたのことは知っている。

「2コ上の〇〇さんて、知っとる?」

マミちゃんは即座に答えた。

「すっごくいい人!大好き!」

網元は、おしゃれメイト・マミのお客さんだそう。

その温厚な人柄は、仏さんみたいだと言う。

う〜む、確かに人類を超越している。


他に、網元は2人の兄と暮らしていて

兄はどちらも漁協の役員をしていることや

兄妹3人とも独身という情報も得た。

家事をして、兄から家計費と手間賃をもらいながら

外で働いた分は趣味の旅行に使う悠々自適の独身女性

それが網元の正体であった。

ルイーゼとの友情は

仏さんのような網元の深い慈悲によって

成立していると思われる。


その網元が先日、ルイーゼに手作りの黒ニンニクを贈った。

「疲れてるみたいだから、これ食べて」

網元はそう言ったという。

やっぱり仏さんみたいではないか。


しかしルイーゼは変わった物を食べない主義なので

黒ニンニクは我が家に持ち込まれた。

私は黒ニンニクの味が苦手だが、せっかく網元がくれたのに

ルイーゼが食べないのは申し訳なくて、一つ食べてみた。

人生で二度、食べたことのある黒ニンニクと違い

真っ黒ではなかった。

味の方もライトというのか、わりと食べやすかった。

黒ニンニクを食べたから、元気が出るかも…

私は思っていた。


そして翌朝。

予定では黒ニンニクの効果によって

爽やかに目覚めるはずであった。

しかし襲ってきたのは、ひどい倦怠感。

だるくてしんどくて、しょうがない。

体温を測ったら、微熱がある。

頭もガンガンする。

倦怠感、発熱、頭痛とくりゃあ

世間を騒がせている例の肺炎か?

あとは、咳じゃ…

咳が出たら、間違いない…

私はまんじりともせず、咳を待った。


が、いっこうに咳は出ず、別の物が出た。

黒ニンニクに当たったらしい。

黒ニンニクが悪いわけではなく

私と黒ニンニクの相性が悪かったのだと思う。

嫌いな物は、無理をして食べない方がいい。


それからというもの、何も食べられず

熱と頭痛に苦しみながらトイレ通いにいそしむ。

さりとて家事労働はいつも通りなので

わたしゃ息も絶え絶え、チラッとあの世さえ見えたような

厳しい数日を過ごした。

仏さんみたいな人にもらった黒ニンニクで

仏さんになるところだった。


ところで明日、仲良し同級生で結成する5人会は

一大イベントを行う予定だった。

メンバーの一人けいちゃんが、今月末の定年退職を機に

東京で暮らす娘の所へ行ってしまうのだ。

そこでけいちゃんのアパートに皆で泊まり

語り明かすことになっていたが、私は病欠の連絡をした。

だって〜、体調不良なんだもん、仕方ないじゃ〜ん。


これ、残念じゃなく、実は嬉しい。

酒や料理を持ち寄って、友達のアパートに泊まる…

どんなに仲良しでも、けいちゃんと名残惜しくても

自分の家にいるのと同じなので、くつろげないし楽しめない。

だから気が重かったが

黒ニンニクのおかげで堂々と欠席できて、ホッとしている。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする