同窓会長から転送されてきたUのメールは、長いものだった。
ユリちゃんの名をかたった手紙で悪質ないたずらをした彼は…
そのユリちゃんと何十年も文通していた彼は…
さすが筆まめらしく、娘の死について細やかに書き連ねてある。
「去る◯月◯日、最愛の娘が亡くなりました。
まだ20才でした。
大学の関係で北陸に住んでいましたが、18才の時に難病にかかりました。
病院で毎週一回の治療をしながら学校に通い
病気と闘いながら一生懸命に勉強していました。
通院日に病院に来なかったことを不審に思った看護師さんが
娘のアパートに行ってみると、娘はベッドで冷たくなっていたそうです。
娘の人生はまだこれからだというのに
たった一人で亡くなったと思うと、かわいそうでたまりません。
あまりにもショックが大きくて、しばらく誰にも話すことができませんでしたが
今になって、やっと各方面に連絡できるようになりました。
諸事、よろしくお願いします。
尚、口座番号はわかると思いますが、不明でしたら御一報ください」
うろ覚えだが、そんな内容だった。
「そういうわけだから、Uの口座に香典、送っといて。
子供の場合は確か、1万円でよかったよな」
後で会長は、私に電話をかけてきて言った。
Uが出世コースに乗っかっていた時はチヤホヤしまくり
「制服に金のラインが何本だと何の地位」などと
まるで自分のことみたいに得意げだったのが
もう現役でないとなると、あっさりしたものである。
私は会計係をやっていたので、遠方の会員に不幸があると香典を振り込むのも仕事のうち。
だから会長は、自分に届いたUからのメールを私に転送したのだった。
ひねくれた考えかもしれないが、最後の2行は香典の請求以外のなにものでもなかろう。
Uらしいと思いながら、振り込みに出かけた。
振り込み作業は簡単だ。
同窓会の口座はゆうちょ、Uの口座もゆうちょ。
郵便局のATMで、口座から口座へ振り込めば終了。
他の銀行口座でも同じだが、ゆうちょ同士だと手間が一つ少ない。
なぜUの口座番号を知っているかというと
数年前に彼の母親が愛媛の老人ホームで亡くなり、その時にも香典を振り込んだからだ。
やはり母親の死を嘆き、最期の様子をさめざめと語ったメールの最後に
ゆうちょの口座番号が添付されていた。
何だかちゃっかり感が漂って、死を悼む気持ちが薄れたものだ。
ともあれ他の銀行口座のことは知らないが、ゆうちょ同士の振り込みの場合
料金を数百円ほど足せば、振り込む側のメッセージが相手の通帳に印字されるという
粋なサービスがある。
不幸であれば「お悔やみ申し上げます」、結婚や入学などの慶事であれば
「おめでとうございます」などの短い例文をATMの機械で選べるのだ。
時間をかけて文字を入力すれば、制限以内の文字数でオリジナルメッセージも可能。
その辺の判断は私に一存されている。
滅多に無いけど、相手がゆうちょの場合はやっていた。
娘を失ったUにも、何か励ます言葉を印字するのがいいんだろうけど、やらない。
慰める気が起きない。
逆縁に打ちひしがれた手負いの虎に余計なことをして
妙な色恋の方向に受け取られたり、思わぬ展開になる恐れは十分にある。
彼は他の同級生とは違うのだ。
触らぬ神に祟りなし。
そればかりか、Uの娘が亡くなったことを知っても同情の気持ちは全くわかなかった。
「とうとう来た」
頭に浮かぶのは、そのフレーズだけである。
彼を恨む気持ちは、その頃にはもう無かった。
我々にとっては血塗られた地獄の歴史が、彼にとっては反省どころか
楽しい思い出に過ぎなかったことを知って諦めがついたのだ。
むしろあの男と同じ学年だったにもかかわらず
無事に生き延びられた自分と同級生に喝采したい気持ちでサバサバしていた。
それなのに何ということだ…自分はここまで冷たい人間なのか…
彼の娘さんには何の罪も無いというのに…
一応はそう考えて自身をいましめ、方向転換を試みたものの
やはり、とうとう…しか浮かばないのだった。
Uは幼少期から、実に多くの女の子を苦しめてきた。
その彼が家庭を持ち、女の子に恵まれた。
彼がその女の子を目に入れても痛くないほど溺愛していたのは
送られてきた年賀状や、個人的に交流を続けている同級生男子の話で知っている。
男女両方の子供を持つ父親というのは、息子の話はあんまりしないが
娘のことになると饒舌になるものだ。
私はそういう話に触れるたび
「自分とこの女の子はいじめないらしい」
「彼が我々にやったのと同じことを娘がやられたら、どんな気持ちになるやら」
密かに、そして軽くそう思っていたのはともかく、彼は最愛の娘を失った。
その3年前に離婚して以来、娘がより一層、彼の心の支えになっていたことは想像に容易い。
還暦間近になって、その一番大切な女の子を持って行かれる…
彼がよその女の子にやってきたことは、それに値するものだったのだろうか。
年を取って気力も体力も衰え、一人ぼっちになってから清算が訪れたのだろうか。
子を持つ親であれば皆、明日は我が身であるにもかかわらず
Uの悲しみを共有することができずに、そんなことを考えてしまう自分。
私には彼の娘の急死よりも、そういった思いがおこがましくも頭に浮かび
さらにそれが腑に落ちてしまったことが、ちょっとした衝撃だった。
ここで重ねて申し上げるが、逆縁の全てが、犯した罪に対する罰と言っているわけではない。
あくまでUの場合の話だ。
それから2年が経った。
我々同窓会の役員は還暦旅行の準備を着々と進め、いよいよ出発が近づく。
この旅行には、Uも参加すると聞いていた。
「久しぶりにみんなと会って、元気をもらうよ」
彼は会長にそう言ったという。
しかし彼の参加は、当日まで伏せられていた。
「Uが来るなら行かない」と言い出す女子が出現すると踏んだ会長は
参加人数が減ったり悪い雰囲気にならないよう配慮したのだ。
私は主催者側なので、あからさまに嫌とは言わない。
しかしUのことだから、誰かれなくつかまえて娘のことを延々と話して泣くんだろうな
止めるわけにもいかんしな、と思うとゲンナリはしていた。
《続く》
ユリちゃんの名をかたった手紙で悪質ないたずらをした彼は…
そのユリちゃんと何十年も文通していた彼は…
さすが筆まめらしく、娘の死について細やかに書き連ねてある。
「去る◯月◯日、最愛の娘が亡くなりました。
まだ20才でした。
大学の関係で北陸に住んでいましたが、18才の時に難病にかかりました。
病院で毎週一回の治療をしながら学校に通い
病気と闘いながら一生懸命に勉強していました。
通院日に病院に来なかったことを不審に思った看護師さんが
娘のアパートに行ってみると、娘はベッドで冷たくなっていたそうです。
娘の人生はまだこれからだというのに
たった一人で亡くなったと思うと、かわいそうでたまりません。
あまりにもショックが大きくて、しばらく誰にも話すことができませんでしたが
今になって、やっと各方面に連絡できるようになりました。
諸事、よろしくお願いします。
尚、口座番号はわかると思いますが、不明でしたら御一報ください」
うろ覚えだが、そんな内容だった。
「そういうわけだから、Uの口座に香典、送っといて。
子供の場合は確か、1万円でよかったよな」
後で会長は、私に電話をかけてきて言った。
Uが出世コースに乗っかっていた時はチヤホヤしまくり
「制服に金のラインが何本だと何の地位」などと
まるで自分のことみたいに得意げだったのが
もう現役でないとなると、あっさりしたものである。
私は会計係をやっていたので、遠方の会員に不幸があると香典を振り込むのも仕事のうち。
だから会長は、自分に届いたUからのメールを私に転送したのだった。
ひねくれた考えかもしれないが、最後の2行は香典の請求以外のなにものでもなかろう。
Uらしいと思いながら、振り込みに出かけた。
振り込み作業は簡単だ。
同窓会の口座はゆうちょ、Uの口座もゆうちょ。
郵便局のATMで、口座から口座へ振り込めば終了。
他の銀行口座でも同じだが、ゆうちょ同士だと手間が一つ少ない。
なぜUの口座番号を知っているかというと
数年前に彼の母親が愛媛の老人ホームで亡くなり、その時にも香典を振り込んだからだ。
やはり母親の死を嘆き、最期の様子をさめざめと語ったメールの最後に
ゆうちょの口座番号が添付されていた。
何だかちゃっかり感が漂って、死を悼む気持ちが薄れたものだ。
ともあれ他の銀行口座のことは知らないが、ゆうちょ同士の振り込みの場合
料金を数百円ほど足せば、振り込む側のメッセージが相手の通帳に印字されるという
粋なサービスがある。
不幸であれば「お悔やみ申し上げます」、結婚や入学などの慶事であれば
「おめでとうございます」などの短い例文をATMの機械で選べるのだ。
時間をかけて文字を入力すれば、制限以内の文字数でオリジナルメッセージも可能。
その辺の判断は私に一存されている。
滅多に無いけど、相手がゆうちょの場合はやっていた。
娘を失ったUにも、何か励ます言葉を印字するのがいいんだろうけど、やらない。
慰める気が起きない。
逆縁に打ちひしがれた手負いの虎に余計なことをして
妙な色恋の方向に受け取られたり、思わぬ展開になる恐れは十分にある。
彼は他の同級生とは違うのだ。
触らぬ神に祟りなし。
そればかりか、Uの娘が亡くなったことを知っても同情の気持ちは全くわかなかった。
「とうとう来た」
頭に浮かぶのは、そのフレーズだけである。
彼を恨む気持ちは、その頃にはもう無かった。
我々にとっては血塗られた地獄の歴史が、彼にとっては反省どころか
楽しい思い出に過ぎなかったことを知って諦めがついたのだ。
むしろあの男と同じ学年だったにもかかわらず
無事に生き延びられた自分と同級生に喝采したい気持ちでサバサバしていた。
それなのに何ということだ…自分はここまで冷たい人間なのか…
彼の娘さんには何の罪も無いというのに…
一応はそう考えて自身をいましめ、方向転換を試みたものの
やはり、とうとう…しか浮かばないのだった。
Uは幼少期から、実に多くの女の子を苦しめてきた。
その彼が家庭を持ち、女の子に恵まれた。
彼がその女の子を目に入れても痛くないほど溺愛していたのは
送られてきた年賀状や、個人的に交流を続けている同級生男子の話で知っている。
男女両方の子供を持つ父親というのは、息子の話はあんまりしないが
娘のことになると饒舌になるものだ。
私はそういう話に触れるたび
「自分とこの女の子はいじめないらしい」
「彼が我々にやったのと同じことを娘がやられたら、どんな気持ちになるやら」
密かに、そして軽くそう思っていたのはともかく、彼は最愛の娘を失った。
その3年前に離婚して以来、娘がより一層、彼の心の支えになっていたことは想像に容易い。
還暦間近になって、その一番大切な女の子を持って行かれる…
彼がよその女の子にやってきたことは、それに値するものだったのだろうか。
年を取って気力も体力も衰え、一人ぼっちになってから清算が訪れたのだろうか。
子を持つ親であれば皆、明日は我が身であるにもかかわらず
Uの悲しみを共有することができずに、そんなことを考えてしまう自分。
私には彼の娘の急死よりも、そういった思いがおこがましくも頭に浮かび
さらにそれが腑に落ちてしまったことが、ちょっとした衝撃だった。
ここで重ねて申し上げるが、逆縁の全てが、犯した罪に対する罰と言っているわけではない。
あくまでUの場合の話だ。
それから2年が経った。
我々同窓会の役員は還暦旅行の準備を着々と進め、いよいよ出発が近づく。
この旅行には、Uも参加すると聞いていた。
「久しぶりにみんなと会って、元気をもらうよ」
彼は会長にそう言ったという。
しかし彼の参加は、当日まで伏せられていた。
「Uが来るなら行かない」と言い出す女子が出現すると踏んだ会長は
参加人数が減ったり悪い雰囲気にならないよう配慮したのだ。
私は主催者側なので、あからさまに嫌とは言わない。
しかしUのことだから、誰かれなくつかまえて娘のことを延々と話して泣くんだろうな
止めるわけにもいかんしな、と思うとゲンナリはしていた。
《続く》