殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
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対岸の火事

2023年03月26日 16時23分53秒 | みりこんぐらし
先日、『ラスボス』という記事で70代のパワフルな女性、レイ子さんのことに触れた。

そこに登場した30代の男の子、K君。

関東から近くの市に移住して1年も経ってないが

この春、その市で行なわれる市議選に出ると言い出したこともお話しした。

知名度が無いだけでなく、高卒の学歴を聞いて勝ち目が無いと踏んだ私は

関わり合いを避けて逃げ出したものである。


その春が来て、K君はやっぱり選挙に立つという。

せっかく非常勤で勤めていた役場を退職し、立候補の準備に入っているそうだ。

意志だけは固いらしい。


選挙スタイルは、初志貫徹の自転車メガホン。

「選挙カーを用意して普通の選挙をやるのは、税金の無駄遣いだと思うんです。

まずそこから財政を見直しませんか?ということを訴えていくつもりです」

彼と会った時にそう言っていたのも、「こりゃアカンわ」と感じた要素である。


確かに事務所を構えて選挙カーを借り、ウグイスや運動員を雇って

普通の選挙をするのはお金がかかる。

そして一定数の得票があればの話だが

それらに使った経費は選挙終了後に税金から戻ってくる。

だから自転車メガホンで税金を使わないように選挙活動をするのは

一見、良いことのように聞こえる。

しかしこれは、経済を知らない子供の考え。

お小遣いを貯めたかったら、お菓子を我慢して使わなければいい…

というのと同じである。


選挙で税金を使っても、議員になったらそれ以上の利益を

市や県、国に還元できる政治を行うのが為政者の使命だ。

例えば選挙で百万の税金を使ったとしても

千万の利益をもたらす政策を提案して実現するのが政治家。

実際はそうでない人の方が圧倒的に多いとしても、表向きの基本精神はこれ。

有権者は、その利益還元に期待して投票するのである。

それを理解しないで、財政を語るものではない。


私がウグイスをやっている市議Y君も、最初は一人で自転車メガホンをやって落選したが

彼は「資金不足」とはっきり言っていた。

しかしK君のように選挙資金の乏しさを税金の無駄遣いに転嫁するのはお門違いであり

有権者には、その理論の浅さが伝わってしまうものだ。

有権者は、彼が考えているよりずっと賢い。


そういうことを説明しても、彼にはわからないと思う。

ウグイスで雇ってもらえないからゴチャゴチャ言うんだろう…

そう誤解されるのがオチなので、やはり関わらない方が安全である。



で、パワフルウーマンのレイ子さん、乗りかかった船ということで

彼の選挙を手伝うことになった。

K君は私も手伝ってくれると思っていたらしいが、そこはオトナのレイ子さん

「落ちるとわかってる選挙を手伝わせて

あなたのウグイスに傷がついたらいけないから、私が勝手に断っておいたわよ」

と言っていた。

傷がついたら困るようなウグイスでもないが、ありがたい配慮だ。


レイ子さんは手始めに、選挙掲示板のポスター貼りをするという。

もう一人のお仲間と二人で、何百ヶ所かの掲示板に

10日ほどかけて貼るのだと張り切っている。


こら、ちょっと待て…

私は恐る恐る切り出した。

「あの…ポスターを貼る番号は告示日の朝8時に抽選で決まるの、知ってる?」

「え?…選挙が始まるまでにボチボチ貼ればいいんじゃないの?

ドライブがてら通って、楽しみながらやるつもりなんだけど?」

いたって無邪気なレイ子さんであった。


「告示日に選管でクジを引くまで、わからんのよ。

10日もかけて貼りよったら、7日目で選挙終わるよ?」

「知らなかった…」

まあ、いいわ…と切り替えの早いレイ子さん。

「できるだけ急いで貼るようにする」


しかし私には、まだ伝えておくべきことがあった。

「それから言いにくいんだけど…選挙が終わったら

貼ったポスター、剥がして歩かんといけんの知っとる?」

「え?知らない…私、そんな暇は無いわよ」

「市によって違うかもしれんけど、うちらの市では一応そういうことになっとるけん

K君に確認して、もし剥がさんといけんようなら彼にやらせたら?

当選したら足取りも軽かろうけど、落選したら押し付け合いになるけん

選挙戦に入る前にきっちり決めといた方がいいよ」

「…終わった後のことなんて考えもしなかった…

わかりました、K君と話し合うね」


こっちも細かいことは言いたくない。

手伝いたくて、仲間に入れてもらいたくて、口を出していると思われたら心外じゃないか。

もっとも私は該当の市の地理をよく知らないので、ポスター貼りの手伝いはできない。

そこが安心材料ではある。


「それから…」

「まだあるの?」

レイ子さんは驚くが、こんなのは初歩中の初歩だ。

「抽選で若い番号を引いたら、ポスター貼る位置が高い場所になるじゃん。

ポスターの掲示板の高さは統一されてないけん、場所によって高低差があるんよ。

手が届かん場合もあるけん、小さい脚立か踏み台を車に乗せといた方がいいよ」

「若くない番号だったら、いらないのよね」

「クジ引きじゃけん、当日までわからんのよ」

「わかった、用意するわ」

素直なのがレイ子さんの長所である。


言えば、まだまだあるんよ。

どの地区から貼って行くのが効率が良くて効果的か…

これは念入りに検討するべきテーマだし、ポスターを貼る画鋲の数だって

この人たちは多分、1枚に4個と思い込んでいるだろう。

ポスターは縦長だから画鋲は最低でも6個、念入りな所は8個使う。

選挙期間中にポスターが破れたり、いたずらされて選管から連絡があった場合

誰が補充に行くというのも決めてから臨む。

選挙ポスターは有権者の視覚に訴える大切なアイテムなので

ポスター貼りの作業は奥が深いのだ。


が、キリが無いので言わない。

年配のレイ子さんが、疲れ果てて寝込まないようにと願うだけだ。

さて、K君の運命はいかに…。

怖いような楽しみなような。
コメント (2)
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