殿は今夜もご乱心

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デンジャラ・ストリート 新婚編

2023年09月21日 11時28分26秒 | みりこんぐらし
私の住んでいる川沿いの住宅街は、後期高齢者だらけ。

半世紀前、ここに家を建てた人々はすっかり年老いて

老人ならではの事件が勃発するため

私はこの通りをデンジャラ・ストリートと呼んでいる。


けれどもこの数年で、厄介な事件を引き起こす住人たちは大半が他界し

以前と比べてかなり静かになった。

亡くなったり子供に引き取られて無人となり、売家の看板を掲げた空き家が点在する中

親や祖父母が住んでいた家に子や孫がリフォームを施し、引っ越して来た家もある。

デンジャラ・ストリートは世代交代にさしかかっているようだ。


そんなストリートに、高齢の新婚さんが誕生。

正式に結婚したわけではなく、厳密に言えば同棲だけど

その幸せ者は我が家の二軒隣に住むうちの夫の同級生、板倉君だ。

彼のことは、ずいぶん前に記事にした。

年取った“のび太くん”みたいなボンヤリした男で

7〜8年前に離婚して実家へ戻り、相次いで親を見送った後は一人暮らし。

生ゴミの出し方が悪くてカラスの食堂となり、近所で問題になった人物である。


彼の家と我が家は似ている。

昭和中期に裸一貫で起業した父親は、非常にワンマンで口うるさい…

一時は飛ぶ鳥を落とす勢いだったものの、平成に入ると没落の一途…

その下降線に比例して父親の病気が進行…

似ているどころか、お空は晴れていても

その家の上空だけ雲がかかっているような、あの雰囲気まで同じだった。

外からは邸宅に見えても中は火宅で火の車…そういう家は暗く見える。


彼が父親の仕事を継がず、結婚を機に奥さんの実家で職人になった…

それを聞いた何十年か前は、意外にホネがあるじゃないかと思ったものだが

実際は違ったのだと思う。

景気が悪くて、父親の会社に就職するわけにいかなかったのだ。

彼の苦労がしのばれた。


そんな板倉君は去年、65才で定年退職した。

もっとも離婚するまでは奥さんの実家で働いていたため

離婚後は必然的に無職となり、それから畑違いの仕事に就職したので

長く働いていたわけではない。

退職後は趣味のテニスをしたり、庭の剪定をしたりして静かに暮らしていた。

のび太くんは、このまま一人で生きていくのだ…

近所の誰もが思っていた。


しかし今年の春、異変が起きる。

最初に気づいたのは、隣の若奥さん。

私より一つ年上で、都会育ちの美人である。

「板倉さんとこ、表札に苗字が二つ並んでるのよ。

どうしたのかしら」

そう言われれば、たまに女の人の姿を見かける。

板倉君と一緒に、車で通り過ぎることもある。

着る物や体型から、我々と同年代らしきことは判別できた。

どちらも笑顔で、すごく仲が良さそうだ。


「板倉君の妹の一人が、こっちで暮らすようになったんじゃろ」

義母ヨシコと私は、そういうことにして納得した。

彼の三人の妹さんは、こちらに家を建てる前に結婚して遠くへ行ったので

ヨシコも私も顔がわからないのだ。


ところが何ヶ月か経って、やはり隣の若奥さんが言った。

「ガレージを出た所で、二人にバッタリ会ったのよ。

パートナーだって紹介されちゃった。

一緒に暮らしてるんですって」


「ええ〜?!」

私の驚くまいことか。

だって板倉君は地味でおとなしい。

うちの夫なら、私の葬式の翌日に誰かを家に引き入れそうだけど

彼はどう見てもそのようなタイプじゃない。

しかも子供の中で唯一の男子として口うるさい父親の期待が集中したためか

ちょっと屈折しているオジさんだ。


というのもある年、彼は珍しくタケノコを何本かくれた。

勤務先の周辺に自生しているらしい。

ちょうど私が買って来た巻き寿司がたくさんあったので

ヨシコがお返しに1本あげた。

板倉君は固辞したが、そこは同級生の母親なので断りきれず持ち帰った。


しかし彼は不本意だったらしく、以後、近所の掃除で私と顔を合わせるたびに

「ああいうことをされたら困ります。

もう何も上げられなくなりますから、やめてください」

まるでこちらが悪いことをしたような口調で、クドクドと言われた。

彼はボンヤリしているだけではなく、七面倒くさいオッサンだったのだ。

どおりで、うちの夫が彼を嫌うはずだ。


そのように外見、内面の両方において

魅力のカケラも感じられない板倉君と一緒に暮らす女がいる…

これに驚かないで何に驚くというのだ。

となると俄然、興味が湧くのは相手の素性。

彼の家がうちと同じ命運を辿ったからには、財産狙いでないのは確か。

長年、家内工業の職人をやっていたのだから年金は多くないと思われるので

年金狙いでもないとすると、残るのは愛?

そんな物好きがいるのか。


やがて先日、私はついに“物好き”と対面することとなった。

今月はうちが月番で、各家庭から半年に一回の区費を集めるのだ。

もちろん板倉君の家にも行く。

彼が出てきたら何か聞こうと思っていたが

家から出てきたのは板倉君のパートナー、物好きさんだった。


隣の若奥さんは自分が美人なので「普通のオバさん」と表現したが

美人でない私から見ると、中肉中背の可愛い人だ。

年齢に関係なく恋をしたり、男と暮らし始める人は

美しさや色っぽさより、爽やかな妖艶がかすかに漂う可愛らしさがある。

雰囲気美人というやつ。

セミロングのフワフワした髪と

色は地味でも身体の線の出るテレッとしたワンピースがいい仕事している。


私は、3回結婚してそれぞれに子供を一人か二人ずつ産み

今は4回目の結婚中である同級生、ユキミを思い出した。

ワードローブはスカート一択、美人じゃないんだけど

なよなよとした仕草が女っぽくて、男が思わず抱きしめたくなる感じがそっくり。

そうね、どちらかといえば竹久夢二の絵みたいなの。


ともあれ私と彼女は初対面なので、とりあえず自己紹介。

「二軒隣の◯◯です」

すると彼女の顔がパッと輝いた。

「あっ!⬜︎⬜︎先生の娘さんですよね?!」

⬜︎⬜︎先生というのは、実家の母のこと。

公務員だった母は学校関係の仕事をしていた時期があるので

当時を知る人たちは母のことを先生と呼ぶ。


そうだと言うと、彼女は嬉しそうに言った。

「私、先生にはとてもお世話になったんです。

子供の頃、先生に編み物を教えていただいて、今でも編み物が好きなんです。

近所に娘さんがいらっしゃるのは聞いていました。

お会いしたいと思ってたんです」

包み込むような優しい声と話し方…やっぱり男がクラッとする雰囲気美人だ。

私には絶対に無いものであり、板倉君にはもったいないと思った。


しかし彼の別れた奥さんもこんな感じで、もっと色っぽく華やかだった。

彼には、そういった上級者の女性を惹きつける何かがあるのかもしれない。

ブル…ちょっと寒気が…。


ともあれ、この発言で浮上するのは彼女と私の地元が同じという必然。

当時は地元で働いていたうちの母を

子供の頃に知っていたということは、どう考えても同じ町の生まれ。

それをたずねると彼女はニッコリとうなづき、育った町内と苗字を言った。

そう言われれば見たことがあるような、無いような。


失礼ですが…と年齢を聞いたら、私より2才年上という。

つまり板倉君やうちの夫と同い年。

スッピンにもかかわらず、色白で柔らかい顔立ちがとても若く見えたので

年上と聞いてビックリじゃ。


さすがに馴れ初めまでは聞けなかった。

「何であんなのと?どこが良くて?」

なんて聞けんじゃないか。

だから、「これから仲良くしましょうね」

お互いにそう言い合って別れた。

板倉君のパートナーを調査に行ったつもりが、お友達ができちゃったのかも。

衝撃、未だ冷めやらず。
コメント (2)
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