実家の母サチコが、鬱病と認知症で精神病院へ入院して3ヶ月。
入院する前の4年間も、サチコの世話で慌ただしかったが
入院したらしたで、なんやかんやと慌ただしいもんだとわかった。
とは言いながら、この3ヶ月、私は合間を見つけては遊びまくった。
同級生のマミちゃんやモンちゃんとランチに出かけて
お気に入りのレストランを見つけたり
週末は夫と買い物に行ったり、ドライブしたり。
実家にも病院にも行かなくていい自由な日々…
サチコを連れて出歩かなくていい日々…
壊れたレコードみたいに繰り返すサチコの愚痴を聞かなくていい日々…
4年ぶりに味わうこの気楽さ、ありがたさ!
なんて幸せなの?!
私は有頂天だった。
ところが先日、病院の相談員から電話があり
今月の25日にサチコが退院すると知らされる。
とってもお元気になられたそうよ。
終わった…。
無人になった実家の管理など、ほったらかして遊び呆けた3ヶ月。
たまにサチコに所望されて服を取りに行ったが
部屋には食べ物が無くて◯んだゴキブリが転がり
裏庭の木や雑草はボーボーに伸びまくり
サチコが大事にしていた盆栽や花々は、そのうち見事に枯れ果てた。
ありゃりゃ。
面会に行くたびに、サチコは植物たちの消息をたずねた。
生返事で切り抜けながら
「でも大丈夫…」
私はいつも、そう思い直したものだ。
「もう帰ることは無いんだから、責められることも無いのよルンルン♩」
それがどうよ、帰って来るなんて!
もう二度と出てくることは無いと思われたサチコだが
やはり、あの人を甘く見ちゃいかんかった。
今回、精神病院へ入院する時に介護認定を申請したら
サチコは要介護2の判定が付いた。
つまり、介護度としては低い。
相談員の言うことにゃ、要介護2じゃあ
滞在型の老人施設へ入所することは難しく
「自宅で生活したい」という本人の希望も非常に強いため
在宅で介護できる“小規模多機能型居宅介護”
(しょうきぼ たきのうがた きょたくかいご)
という種類の施設を選択したそうだ。
その施設が、実家の町の外れにあるという。
そんな施設が存在するのも、それが地元にできているのも
全然知らんかったのはさておき
小規模多機能型居宅介護、通称“ショウタキ”は
10何年か前に始まった、わりと新型の施設らしい。
少人数の老人を対象に、きめ細かな介護を行うという話である。
ショウタキのサービスの内容はまず、送迎付きのデイサービス。
それから宿泊。
泊まりたい時は、部屋が空いていれば自由に泊まれるという話だ。
デイサービスから帰るのがかったるくなったり
台風などで心細い夜なども、やはり部屋さえ空いていれば
何日でも泊まれる。
「部屋さえ空いていれば」というのがミソかな?…
疑り深い私は思うのである。
少人数が対象というからには、泊まれる部屋も数えるほどであろう。
空いてないことも多いので、好き放題に泊まれると思わない方がいい。
老人の宿泊をあてにする…
なんなら永遠に泊まってもらって構わない私のような人間だと
失望するかもしれないので、期待しないでおこうと心に決める。
さらに毎日、昼と夕方の弁当配達。
ショウタキのバックは地元の老人施設なので
弁当はそこの厨房で作られ、配達員はそれを持って日に2回
各家庭を訪問するのだ。
もちろん弁当は日に1回でもいいし
外出などで必要無い時は、断ることもできる。
言うなればショウタキは滞在型の老人施設と訪問介護
両方の長所を取った融通のきくサービスで
在宅の要介護者をサポートする施設だそうよ。
ネットで調べてみたけど、やはり同じようなことが書いてある。
ただし在宅で要介護認定を受けていて
すでにケアマネジャーが付いている老人にとっては
ちょっと厳しいものになる可能性があるらしい。
ショウタキのサービスを受けるからには
ショウタキのケアマネが付くのが鉄則なので
慣れたケアマネとのお別れがやってくるからだ。
老人は変化を嫌うので、従来のケアマネを気に入っていた老人には
辛いものになるのかもしれない。
サチコの場合、今回が初めての介護認定だったので
その心配は無いというのが唯一の救いである。
「ご自宅で暮らしたいサチコさんのご希望にも添えますし
ここならいいと思うんですが、どうですか?」
自信たっぷりにのたまう相談員。
“いや、サチコのご希望なんて、どうでもええですけん!
二度と出られん施設プリーズ!”
私の心の叫びなど、善良が服を来ているような彼女は知るよしもない。
私の方もまた、ちょっとの間、サチコから離れたのがいかんかった。
4年ぶりの自由を知ってしまったら、もう3ヶ月前には戻れない。
こっちの都合なんかお構い無しに
電話一本で呼びつけられる、あの情けなさ…
家政婦と車を確保するためと知りながら
「あんたがおらんかったら、私はとっくに◯んどる」
歯の浮くようなセリフを聞がなければならない、あのうすら寒さ…
二度と嫌なのじゃ!
…私のことを器が大きいと言ってくれる人がいる。
ありがたいことだ。
けれども私に器の大きさがあるとしたら
それは屈辱を受けてきた回数が、人様より少しだけ多いからに過ぎない。
さて数日後、退院を控えたサチコは相談員と看護師に連れられ
問題の施設を見学に行ったそうで
その後、相談員から電話があった。
「ショウタキの施設はサチコさんのご実家や畑の近所だそうで
とても気に入られたんです。
急なことで申し訳ないのですが
今日の午後2時以降なら、施設長もケアマネもいらっしゃるそうなので
もしお時間が取れるようでしたら
施設へ行って話をしていただけたらと思うのですが…」
ということで、サチコが見学に行った同じ日の午後
いきなり準備を始めることとなった。
《続く》