殿は今夜もご乱心

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ショウタキ・2

2024年09月16日 08時36分24秒 | みりこんぐらし

退院後に母サチコがお世話になる、小規模多機能型居宅介護…

通称ショウタキをたずねることになった私。

町外れの農道を進んだ先に現れた平屋の建物は、過疎村の保育園サイズ。

ホンマに少人数が対象らしい。

 

対応した施設長とケアマネジャーは、気さくで適度に下世話な中年女性だ。

二人からシステムの説明を聞きながら、契約書などの書類作成。

サチコの健康保険証、介護保険証、通帳と銀行印

それから私の印鑑、妹二人の連絡先を用意して行ったので

記入はスムーズに進んだ。

 

が、書類の中には身上調査など時間のかかる物もあり

それらは宿題になった。

家に帰ってからよく見たけど、ものすごく多いじゃんか。

家の見取り図、簡単な家系図、病歴、通院歴、職歴を始め

コロナワクチンの4回目と5回目をいつ打ったか

立って歩けるか、座る姿勢を保てるか、風呂は好きか嫌いか

食事の好みや量は…細かい質問が永遠に思われるほど続き

それらにいちいち「家族の思い」とやらを書かないといけない。

 

無いよ!家族の思いなんて!

残ってる歯が何本なんて、わかんないし!

ただし、“延命治療を望みますか?”の質問だけはサッサと解答。

「望まない」。

 

退院まで日にちがあるとタカをくくり

タラタラと書類を書き進めて数日、病院の相談員から再び電話が。

「サチコさんの退院ですが、20日でもいいでしょうか?」

患者が増えて、ベッドが空くのを待っているという。

◯刑執行が5日ほど早まったからといって

今さらジタバタする◯刑囚がおろうか。

どうせその日はやって来るのだ。

一瞬で諦めた私は、承諾した。

 

退院が早まるのをOKした途端、サポートの参考にするため

先日会ったショウタキの施設長とケアマネが実家を見に来るという。

その際、病院の相談員と看護師もサチコを連れて来て

私を含めた総勢6人で色々話し合うそうだ。

 

先日、そのお宅拝見と話し合いが行われた。

午前10時に実家で待ち合わせたが

私を見るなり病院の相談員と若い女性看護師が駆け寄る。

「どうしましょう…

もう病院には帰らない、施設なんか行かないとおっしゃって…」

「こちらに来る間も車の中で暴れておられて、今もご機嫌が悪くて…」

こういうことがあるから、外出の時は相談員だけでなく

看護師も付くのだろう。

 

あ〜ハイハイ…私はこともなげに答える。

「大丈夫、前言撤回はこの人の習慣ですから、また撤回しますよ」

しかし相談員と看護師は、不安げに顔を見合わせるのだった。

そうよね…対老人、対精神病患者には百戦錬磨のあんたたちだって

サチコみたいなのはお初だと思うわ〜。

 

やがてショウタキの人たちも到着し

皆で家の見学ツアーを行いつつ改善点を話し合うが

そこはやはり施設の人。

洗濯はしちゃダメ、入浴は週3回のデイサービスだけで家の風呂はダメ

一人で外出しちゃダメ…

転倒予防のためだと言って、禁止事項を増やすことに余念が無い。

 

洗濯と入浴と外出はサチコの三大好物なのに

それを止めたら家で生活する意味が無さそう。

しかも補足がある。

「衣類の洗濯はこちらでやりますけど

デイサービスや泊まりの時は紙パンツを使ってください。

シーツなんかの大きい物は娘さんに洗濯してもらって

どうしても家のお風呂に入りたい時は娘さんに見守ってもらって

買い物などの外出は必ず娘さんと二人でお願いします」

マジか。

 

つまり彼女らの主張は、週3のデイサービスと週1の泊まり以外は

私に足しげく通えということだ。

「私たちが介護しま〜す!」

と言いながら、大方のことは家族に押し付ける気満々。

さりげなく責任回避の道を作る、プロの技である。

 

粗相の無いように紙パンツをはけとまで言うけど

尿漏れの無いサチコが喜んではくとは、とても思えん。

こりゃあ、サチコも私も続かんかもな…。

 

1時間半ほどの会合が終わり、サチコは病院へ戻る。

病院には帰らない、施設にも通わないと言っていた彼女だが

すんなり車に乗り込んだ。

相談員と看護師も、ホッとした様子だった。

 

その翌日は、また友だちとランチ。

サチコが帰って来るまで遊びまくって、有終の美を飾るのじゃ!

この日のメンバーはいつものマミちゃんと、お寺料理の仲間、梶田さん。

モンちゃんは転んで足を骨折したので、欠席だ。

健康志向の梶田さんお薦めの自然食のお店へ、3人で出かけた。

これ、2人分。

小麦粉、砂糖、卵を使わない食事だそう。

確かに珍しいけど、美味しいわけではなかった。

 

楽しい食事の席で老人話は気が引けるので

行き帰りの車中にて、母のことを梶田さんに相談した。

元看護師で、市の保健活動をしていた元公務員の梶田さんは

真剣な表情で言う。

「私、みりこんちゃんに長生きしてもらって、老後も一緒に遊びたいの。

だからお母さんには、入りっぱなしの施設に行ってもらいたい。

行ったり帰ったりするショウタキは

他に手伝う家族がいれば便利な所だけど、ワンオペだと大変よ。

老人施設は要介護4からでないと入れないけど

グループホームは要介護2から入れるのよ。

入所は市内在住が規則だけど、“みんなの介護”でググったら

市内のどこかにあるはずよ」

 

梶田さんの91才になるお母さんも、要介護2。

しかし徘徊がひどいため、“みんなの介護”で調べて

隣市のグループホームへ入所させたそうだ。

医療介護に詳しく、その方面の知り合いが多くて

コネも効きそうな梶田さんが

CMでよく見かける“みんなの介護”を利用するとは思わなかった。

介護界は、シロウトが考えるより難しい世界なのかも。

 

「私は年寄りに◯されたくないの。

大切な友だちが年寄りに◯されるのも嫌なの。

ショウタキで安心したらダメよ。

施設が合わなかったり症状が進むことも考えて

常に次の道を準備しておかないと。

後手後手になると消耗するからね。

私も情報を集めておくわ」

なんと頼もしいこと。

 

マミちゃんも言った。

「家に帰ってまた電話魔になったら、携帯を壊しんさい。

うちのお父さんも認知症で鬼電じゃったけど

お姉ちゃんが怒って携帯を奪い取って、風呂へ沈めたんよ」

大笑いした。

家で親を見るには、それぐらいの覚悟が必要かもね。

 

帰宅して、さっそく“みんなの介護”で検索したら

グループホームは市内に2ヶ所あり、どっちも満室。

それでも要介護2で入れる施設が近場にあると思うと

何となくホッとした。

なんなら携帯を壊す覚悟もできた。

 

今は塗り絵や色鉛筆、紙パンツなど

ショウタキで必要な細々した物を買い集めているところだが

要介護2が付いて以来、自分でも意外なほど気楽になっている。

 

というのも医者が鬱病と診断しても、私にとってのサチコは

昔から変わらない悪魔のような女のまま。

今さらそれを病気と言われたって、半信半疑の感は拭えなかった。

しかし、その鬱病に認知症が加わるというダブルの裏打ちにより

私はようやくサチコを正真正銘の病人と認定するに至った。

彼女の言動全てが、病気の症状だとはっきりしたのだ。

 

そうなると、病気と戦うのはサチコと医者であって私じゃない。

自分の中に、“やれるのはここまで”という太い一線が引かれて

スッキリしたような気がする。

とりあえず、要介護ワールドに飛び込んでみるか。

《完》

コメント (4)
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