殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

婆ネタ・4

2025年02月07日 09時44分44秒 | みりこんぐらし
サチコが自ら進んで入院し

さらに自ら入院期間を延長したのはなぜか。

去年の夏、初めて入院した時は脱走を企て

洋服や大きいマスクを持って来いと私に命じたサチコが…

家もお金も継子に盗られると罵詈雑言を吐いていたサチコが…

今回、滅多に電話をかけてこないのは明らかにおかしい。


思いつくままの電話も迷惑だが、あんまり静かだと

また急に何を言い出すやら、反動が怖いじゃないの。

今はサチコの世話から解放されてパラダイスだけど

いつか突然の電話でそれが終わると思ったら

油断するわけにいかないじゃないの。


しかしやがて、不気味な静寂の理由が明らかになった。

…ショウタキのデイサービスには、メイ子ちゃんという

サチコの同級生も通っている。

二人の実家は近所で、幼馴染みでもあった。


大音響のマシンガントークを炸裂させ

ガハハ!と笑う陽気な彼女は、陰気な気取り屋のサチコと対照的だが

人を人とも思わぬ所や自慢しいの女王体質はサチコと同じなので

二人は仲良しじゃない。

それでも生き残っている同級生は彼女だけだから

お互いに伴侶を亡くして一人暮らしという共通点をよすがに

サチコの方が幾分遠慮する形で付き合っている。


代々米問屋を営んできた裕福な家付き娘のメイ子ちゃんは

数々の自慢案件を持つが、中でも一番の自慢は

私より一つ上の娘さんが岡山の開業医に嫁いでいること。

それをデイサービスでも自慢しまくるので

サチコは大いに気に入らない。

娘自慢はサチコの十八番でも、医者の妻というカードを出されたら

サチコ基準では負けになるらしく、いつも悔しがっている。

デイサービスに行きたがらないのは

メイ子ちゃんも原因の一つだと私は見ているのだ。


この正月が明けた10日過ぎ、実家の様子を見に行くと

メイ子ちゃんから遅い年賀状が届いていた。

それにはこう書いてある。

“前にも話しましたけど岡山の娘が迎えに来てくれたので

デーサービスが休みの間はそちらで厄介になりました。

娘夫婦と孫たちが良くしてくれて楽しい正月でした。

サチコさんも久しぶりに娘さんと会って嬉しかったでしょう。

またデーサービスでたくさん話をしましょうね”


メイ子ちゃんもどっぷり認知症だが、なかなかどうして

しっかりした字と文章だ。

サチコはこの年賀状をまだ見てないが、見たら逆上するのは確定。


ともあれ内容から推測するに、メイ子ちゃんとサチコの間で

施設も弁当も休みになる年末年始の6日間をどう過ごすかが

話題になっていたらしい。

サチコはメイ子ちゃんへのライバル心で

マーヤが帰省すると自慢していたようだ。


入院を延長したのは、そのメイ子ちゃんに会いたくないから。

3月からデイサービスに行けば、ほとぼりは冷めており

正月の話は回避できる寸法だ。


時の流れを利用して、別の結果にすり替えたり

無かったことにする…

これは狡猾なサチコが昔から使う手の一つなので、間違いない。

何が何でも入院を続ける決意だから

どうでもいい継子と接触する必要は無いのだ。

病院でひたすら息を潜め、月日が過ぎ去るのを待つ…

それがサチコの計画である。


「認知症の老人が、そこまで考えられるだろうか?」

認知症を知らない人は思うかもしれない。

しかし認知症はある日突然、急に何もわからなくなるわけではない。

その前に、頭がはっきりしている時とそうでない時を繰り返す

長い助走がある。

“まだら”と呼ばれる時期だ。


まだら期には、ボンヤリしているかと思えば

突如しっかりしたり、こざかしい知恵で何やら画策することがあり

認知症の診断を疑ってしまいそうなことがよくある。

特に、本人が強いこだわりを持つ事柄に関しては

その現象がよく現れる。

が、そこは悲しいかな認知症。

こだわりを通すために子供じみた嘘をついたり

恥ずかしい作り話や小細工をやらかすことも、ままある。


サチコのこだわりは、“格好”。

元々自意識過剰なので、格好をつけるために何でもするさ。

娘が帰省してくれる…

メイ子ちゃんについた嘘を隠し通すためならば

2ヶ月の入院なんざ、へのカッパ。

入院を延長した原因がわかったので、私は退院までの残された日々を

存分に楽しむことができそうだ。

《続く》
コメント
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