公開メモ DXM 1977 ヒストリエ

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今読ん 「夜戦と永遠 フーコ・ラカン・ルジャンドル」 佐々木中

2024-03-23 17:46:00 | 今読んでる本

フランス系の哲学は言葉についてゆけない。シニフィアンとシニフィエなんかどうイメージしていいのかわからない。どうやらソシュールを知っているだけでは十分ではなさそうなのだ。しかし佐々木中の表現の煌びやかな確信「夜戦と永遠」の中に解答があるかのようでつい惹かれて読んでしまう。

*AIは以下のアドバイスをしてくれるが、信じてはいけない

私は『生き延びるためのラカン』斎藤環が読みやすいと思う。

精神分析家のジャック・ラカン(Jacques Lacan)の難解さは、彼がフロイトの精神分析理論を独自の哲学や構造主義の視点から解釈し、新たな概念や用語を導入したことに起因しています。ラカンの著作や講義は、非常に抽象的で難解な言葉や概念が多く登場し、彼の独自の言語体系や記号体系を理解することが困難な場合があります。

 

ラカンは言語や象徴(symbolic)の重要性を強調し、人間の主体形成や無意識の機構を解明するために、フロイトの理論を再解釈しました。彼の用語や概念はしばしばフランス語の言葉遊びや哲学的な概念を元にしており、その理論体系は非常に複雑で厳密な論理構造を持っています。

 

そのため、ラカンの理論や著作を理解するには、豊富な精神分析や哲学の知識が必要とされることがあります。また、彼の言語や記号体系に慣れる必要があるため、初めてラカンの理論に触れる人にとっては非常に難解に感じられることが多いでしょう。

 

ラカンの複雑な理論をわかりやすく解説した書籍もいくつか存在します。以下は、初めてラカンの理論に触れる方におすすめのいくつかの解説書です。

 

1. 『ラカン入門――マンガでわかる精神分析』(著:高田康夫)

   - マンガと解説を組み合わせた本で、ラカンの基本的な概念や理論をわかりやすく紹介しています。

 

2. 『ラカンの言葉』(著:樋口恭司)

   - ラカンの言語理論や概念を理解しやすく解説した書籍です。ラカンのキーワードや概念を中心に解説しています。

 

3. 『ラカンの思考を学ぶ人のために』(著:野上武)

   - ラカンの主要な概念や理論をわかりやすく解説した入門書です。ラカンの複雑な言語体系を理解するのに役立つでしょう。

 

これらの書籍は、ラカンの理論に初めて触れる人や理解を深めたい人にとって、わかりやすい入門書として役立つでしょう。また、ラカンのオリジナルの著作や講義録を読む前に、このような解説書を通してラカンの理論に触れることで、理解がより深まるかもしれません。

 

***

ジャック=マリー=エミール・ラカン(Jacques-Marie-Émile Lacan、1901年4月13日- 1981年9月9日)は、フランス哲学者精神科医精神分析家

ピエール・ルジャンドル(Pierre Legendre, 1930年6月15日 - 2023年3月2日[1])は、フランス法制史家宗教史家精神分析家

ミシェル・フーコーMichel Foucault 発音例1926年10月15日 - 1984年6月25日)は、フランス哲学者思想史家、作家、政治活動家、文芸評論家。


シニフィアンとは、のもつ感覚的側面のことである。たとえば、海という言葉に関して言えば、「海」という文字や「うみ」という音声のことである。一方、シニフィエとは、このシニフィアンによって意味されたり表されたりする海のイメージや海という概念ないし意味内容のことである。そして、表裏一体となったシニフィアンとシニフィエの対が「シーニュ」(signe)すなわち「記号」である。

フェルディナン・ド・ソシュール(Ferdinand de Saussure、1857年11月26日 - 1913年2月22日[1])は、スイス言語学者記号学者哲学者。「近代言語学の父[注釈 1]といわれている。


シニフィアンの効果は、主体の内部に、本質的にシニフィエの次元を出現させるのです(192)」。

補足いい例がこれ


みじかびのきゃぷりきとればすぎちょびれかきすらすらのはっぱふみふみ

大橋巨泉


柿本人麻呂のこれを連想してみる

『奥山に もみぢ踏み分け 鳴く鹿の 

声聞くときぞ 秋は悲しき』


と言うときに、何か委曲を尽くすことを許さない齟齬が垣間見える。ここではやはり、主体とシニフィエが別のものであるかのように述べられているからだ。だが、これはこれでよい。齟齬は齟齬のままに放っておこう。他でもないラカン自身がそのような齟齬を望んだのだから。シニフィエについては彼自ら「わからない」と言っているのだから。シニフィエ、つまりシニフィアンの連鎖と主体が効果として作り出す何か、それは想像的な幻想に属するようにも見える叙述もあるし、たとえば晩年の「リチュラテール」を読むと、なにか現実界にも関係するものであるかのような叙述が見える。

佐々木中. 定本 夜戦と永遠 合本版 フーコ・ラカン・ルジャンドル (Japanese Edition) (p.99). Kindle 版. 


この「子ども=ことばなき者」が鏡に出会う前に住まうこの「原初的不調和」の世界は、ラカンにおいて異常な「非-世界」として描き出されている。まさにフランス語で言う「非世界的な=不浄な(immonde)」領域として。そこには自らの統合された身体のイメージがない。

佐々木中. 定本 夜戦と永遠 合本版 フーコ・ラカン・ルジャンドル (Japanese Edition) (Kindle の位置No.461-463). Kindle 版. 


シニフィアンは、ラカンを読むに際して最初の躓きの石となる概念ではある。それを、自ら自身の理路からその輪郭を素描することもせずに振り回すような野暮はすまい。シニフィアン概念の素描として、強ちな遣り口だがこう断じてみよう。何のことはない。シニフィアンとは単に、逆立ちした「充実した言葉」にすぎない。連鎖し、横滑りし、強迫的に反復するが、要するに主体の「後ろ」に回り込んだ充実した言葉」、あの「変形作用」をもつ「わたしはこれだ」にすぎない

佐々木中. 定本 夜戦と永遠 合本版 フーコ・ラカン・ルジャンドル (Japanese Edition) (Kindle の位置No.1225-1230). Kindle 版. 


シニフィアンとシニフィエ。ソシュールが導入したこの有名な区分に、ラカンは数箇所にわたって操作を加える。ソシュールが設けたパロールとラングの区別を、あからさまにパロールとランガージュの区別に置き換えたように、彼は密やかに、かつ公然とそれに操作を加える。それを見ていこう

佐々木中. 定本 夜戦と永遠 合本版 フーコ・ラカン・ルジャンドル (Japanese Edition) (Kindle の位置No.1244-1247). Kindle 版. 

一見して、違いは明白だ。まず、ソシュールの図ではシニフィエ(signifié)とシニフィアン(signifiant)は一体となってひとつの記号をなすものであることを強調するように楕円で囲まれていて、しかも対応関係を強固なものにするかのように矢印まで描かれている。そして、シニフィアンはシニフィエの下にある。それは樹木の概念内容を示す絵と「木(arbor)」という聴覚イメージをあらわしている用例でも同じだ。ラカンの場合は、まずその楕円が三つの図すべてから一貫して取り除かれていて、矢印も見られない。そして、シニフィアンはすべてシニフィエの上にある。もっと珍妙なのは、シニフィエの位置にトイレの扉と思しき全く同一の扉の絵が二つ書いてあって、その上のシニフィアンの位置に「殿方(HOMMES)」と「ご婦人(DAMES)」の文字が麗々しくこれまた二つ並んでいるということである。ここに、微かにアイロニーの笑いを感じ取ることは全く難しくない。しかしアイロニーにアイロニーで応ずるのは常に愚策である。われわれは生真面目にこの違いを考えてみよう。この違いによって、何が起こるのか。楕円と矢印の消失、シニフィアンとシニフィエの上下逆転、そして「トイレの絵」によって、何が変わるのか。

佐々木中. 定本 夜戦と永遠 合本版 フーコ・ラカン・ルジャンドル (Japanese Edition) (Kindle の位置No.1254-1265). Kindle 版. 



以下は自分にわかりやすい部分


本書は『夜戦と永遠』と題されている。文字通り、これは「夜戦と永遠」について、あるいは「永遠の夜戦」について語ったものである。ジャック・ラカン、ミシェル・フーコー、ピエール・ルジャンドルという三人のテクストをいささかなりとも徹底して読み、それを丁寧に裁断し、横糸縦糸を解いて編み直すという黙々とした作業を続けた結果、そこに「夜戦と永遠」としか今の筆者には呼びようのない時空が出現した。

佐々木中. 定本 夜戦と永遠 合本版 フーコ・ラカン・ルジャンドル (Japanese Edition) (Kindle の位置No.192-196). Kindle 版.


なぜ、ラカンは難解なのか。その難解さは必要だった。それ自体がひとつの機能を持つのだから。規範的な機能と言って何を誇張することになるわけでもない、そうした機能を持つのだから。ひとつの集団において、それを囲繞するさまざまな人々において、それはあからさまに作用した。苛烈な精神分析批判を行ったミシェル・フーコーが、後年インタヴューで述懐していることは正しい。つまり、ラカンを読む者が、読むことを通じて自らを欲望の主体として発見することになるように、彼は自らの発言と文章を設えたのだ(1)。読むことが、知見の単なる移動に終わってはならない。ひとつの苦難であり、困難であり、試練であり、鍛練であり、欲望の劇場でなくてはならない。

佐々木中. 定本 夜戦と永遠 合本版 フーコ・ラカン・ルジャンドル (Japanese Edition) (Kindle の位置No.276-282). Kindle 版. 


一息で言おう。ラカンの難解さはラカンの概念の不均質性、混成性に起因する。ラカンが製造した概念はひとつひとつが特殊な余剰性を持っていると言ってもいい。彼の概念は、彼の断乎とした口調の定義にもかかわらず、いつもついにはそれ自身の定義を守りきれない。たとえば、言語についての彼の概念のなかに、彼自身が言語と峻別したはずのイメージや「もの」についての語彙と論理と言い回しのすべてが再現される。こうしたことは、一度や二度の話ではない。

佐々木中. 定本 夜戦と永遠 合本版 フーコ・ラカン・ルジャンドル (Japanese Edition) (Kindle の位置No.324-328). Kindle 版. 

佐々木中


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