本「東欧・中欧一人旅」の最終目的地は、ビールの本場「ミュンヘン」です。曇天のベルリン(15:00発)から、快晴のミュンヘンに18:10着きました。ュンヘンはドイツ南部に広がるバイエルン州の州都で、ベルリン、ハンブルグに次いでドイツでは3番目に大きな都市。市域人口は135万人と少し。この地はイザール川河畔にあり、バイエルンアルプスの北側に位置します。毎年9月末から開催される世界最大のビール祭り、「オクトーバーフェス」が有名。また、ミュンヘンでは1972年にミュンヘンオリンピックが開催されたことでも知られています。その期間中(1972.9.5)、不出来ごとが起きたことを記憶している人も多いと思います。
マチの発展は12世紀頃に始まり、ザルツブルクなど塩の産地とドイツ北部を結ぶ交通の要衝であり、商業が栄えたところです。特に、ギリシャ・ローマの古典芸術を愛したバイエルン王ルートヴィヒ1世がいくつもの博物館や大学などを創り、ミュンヘンンを「イザール河畔のアテネ」と称される都に造り上げたという、そんなマチを訪ねることにしました。7/14(日)、ベルリン(17:00発)からミュンヘン(18:10着)への移動の日です。出発まで時間があったので、再度、「ブランデンブルク門」、中央駅付近周辺を歩きました。
いつも賑わっているブランデンブルク門付近。
スズメ!観光客のこぼすパン屑を食べて種をつないでいます。
ブランデンブルク門は、高さは26m、幅は65.5m、奥行きは11mで、砂岩でできています。かつてのベルリンは都城都市で、城壁がめぐらされ、18の城門がありました。ブランデンブルク門はその一つで、1868年に城壁と城門は取り壊されましたが、唯一残ったもの。この城門は、古代ギリシア風の城門として設計し、1788年から3年間かけて建設されました。アテネのアクロポリスの入り口にあったプロピュライアの門をモデルにしていて、門の上には「クアドリガ」と呼ばれる四頭立ての馬車に乗った勝利の女神、ビクトリアの彫刻があります。東西ドイツに分かれ、ベルリンも東と西に分割されていた時代には、ブランデンブルク門は東ベルリンの西の境界にありました。
トルコの「シミット」と呼ばれるリング状のパンと似ています。
トルコでもこのような光景がー。彼らはトルコ人かな?
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この日もジャンボシャボン玉づくりは人気がありました。
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女性のバンドも時折見られます。この二人はレベルが高そうです。
このようなパホーマンスもー。
絵を描いて売るカップルもあり
ドイツ連邦議会議事堂の見学者入場口(要事前予約)
こんな乗り物もあり。5人でこいで進む。はじめて見ました。
どんな仕組みになっているのか、想像してください。
観光用の馬車と馬好きな親子
ベルリン中央駅の様子
ベルリン国際空港の様子
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ミュンヘン国際空港の様子