僕は、長い事、分裂症的ギターであったと思います。
いまでもそうですけど、アコースティックの面とエレクトリックの面。
ハイテクニックなギタリストの面と泥臭い側面。
上手くなる事とパンキッシュでテクニックがないことの憧れ。
特に大きな目標もなく受け身で、言われたり必要であったりすることに
振り回されてきた気がする。それは、職業的ギタリストのある面でもあるのだけど。
一つの音楽を、自分の全音楽的財産で、あとあとに残るものを作ろうと思った時、
自分が、初めて根っこからの幸せを感じるようになりました。
始まりは、1枚の「マンタの写真」だったりしたんですけどね。
ひとつのロングライフな目標、安易に実現しないぐらいの目標を
ただ決める事で、すべてが良い方向に向かう切符を手にした気がします。
最初にあった相反する要素は僕を表現する大事なダイナミズムで、対立するものではないのですね。
ただそれを使って、何を表現するかだと。
いまでもそうですけど、アコースティックの面とエレクトリックの面。
ハイテクニックなギタリストの面と泥臭い側面。
上手くなる事とパンキッシュでテクニックがないことの憧れ。
特に大きな目標もなく受け身で、言われたり必要であったりすることに
振り回されてきた気がする。それは、職業的ギタリストのある面でもあるのだけど。
一つの音楽を、自分の全音楽的財産で、あとあとに残るものを作ろうと思った時、
自分が、初めて根っこからの幸せを感じるようになりました。
始まりは、1枚の「マンタの写真」だったりしたんですけどね。
ひとつのロングライフな目標、安易に実現しないぐらいの目標を
ただ決める事で、すべてが良い方向に向かう切符を手にした気がします。
最初にあった相反する要素は僕を表現する大事なダイナミズムで、対立するものではないのですね。
ただそれを使って、何を表現するかだと。