先日、夕食を済ませて片付け物をしようと立ち上がった時でした。テレビで、昭和を思い出すいろいろなこと(題名は不確かです)を思い出としてたどる番組が始まりました。ちょうどわが子の時代と重なる時も入っており、懐かしさにそのままテレビの前に座り込んでしまいました。
頭が弱ってきている夫も、その当時のことは思い出すようで、珍しく話に乗ってきました。
私たちが子どものころは、漫画は品が悪くて、勉強にもならない、漫画を見るくらいなら勉強しなさい、が大方の親の考えだったように覚えています。が時代が進み、わが子の子供時代は漫画ではなく、アニメに移り変わっていたのでしょうか。時代の歌と言えば、その主題歌、ねだって買ってもらった玩具は、アニメのフィギアや、グロテスクな怪獣オンパレードのようでした。
夫と私の会話
「うちの子は、こうした玩具は欲しがらなかったね。ねだられた覚えがないよ」
「ふ~ん、仕事が忙しくて、子育てはほとんど任せっきりだったけれど」
「フィギアを並べ立てるなど一度もなかったような気がする。うん、そうか、私が怖かったんだろうね。
きっと、欲しいと思ったこともあったのかもしれないけれど、ねだっても買ってもらえないと端からあきらめて言わなかったのかもしれない。うん、それが理由だね」
「怖~いかあちゃんだったからね」
息子Kが2年生の時だったかしら。北海道の方で起こった悲しい子供の自殺。スキーの板が古くなったから買い替えて欲しいと親に頼んだけれど、買ってもらえなかったからと、自殺したという悲しい事故が起こりました。担任のO先生は、HRでこのことを話題に話し合いの時間を持たれました。
その後まもなく、父母会がありました。会が終わって教室から出ようとした私に先生がおっしゃいました。
「K君はこう答えましたよ。こんなことで死ななくっちゃいけないのなら、ぼくは毎日死ぬことになると言っていましたよ」
肯定のお言葉か、困った親だと非難のお言葉か? 私は不謹慎にも、声をたてて笑ってしまいました。
家で。「K君、そう答えたんだって?」
「うん、そうだよ。本当のことだろう!怖~いかあちゃんだからね。いらない争いはしたくないよ」
「親戚のおばちゃんが、お誕生日祝いと、ガンダムかな?組み立てる奴をプレゼントしてくださった、しばらく遊んだけれど、すぐ飽きて、置き場に困ったようだった、年下の甥っ子に上げたよね」
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