
さあ、われわれは町を建て、頂きが天に届く塔を
建て、名をあげよう。
(創世記第11章 4節 )
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有名なバベルの塔の物語である。
ここにもアダムとエバのように「神になりたい」という
とんでもない気持ちがこもっている。
「神になりたい」どころか天にまでとどく塔を建て「名をあげよう」
(有名になろう)というひとことでわかる。
人間は神中心でなければ生きられないのに、こともあろうに自分たち
人間が中心になって「神になりたい」と考えたのである。
ここにもアダムとエバのように神の言うことに従って生きるよりも
自分たちが中心になって生きることを選んでしまった人間の罪深さがある。
このあと全地は同じ一つのことば、一つの話ことばであったものが神によって
みんな違うことばにされ、お互いが通じなくなるという悲劇が起こる。
それでも人間は生きたのである。生かされたのである。
なんという神の愛であろうか。
主に栄光がありますように。
主イエス・キリストの御名によって。
アーメン。
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