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因果応報の原理とはなんという冷たい希望のない思想だろうか。
苦しんでいるヨブに向かって3人の友人はヨブをなぐさめることも
忘れて、ひたすら自分たちの考えを押し付けようとする。
結局「あなた(ヨブ)が苦しんでいるのは何か神に対して罪を犯したからだ」
という思想をことさら正しいとしてヨブに押し付けようとする。
ヨブはそんな罪を犯したおぼえがないので3人の友人の言うことは受け入れられない。
わたしはここで3人いっしょに神に向かってお祈りしたらどうかと思う。
神が何か3人それぞれに答えを与えてくれると確信する。
ただしこの3人の因果応報思想は神ご自身が止めてもなかなか受け入れられないのでは
ないかと思う。それほど3人だけではなくこの因果応報思想は人間の中に強固に巣くって
いる。わたし自身もそのようにしかまわりの人間は言わないのでとてもよくわかる。
「○×のたたり」だとか、「神を信じていると言っているが実は無神論者だ」とか
いろいろである。
そして最後には「神の罰」ということになる。
こんなとき誰かキリスト教のわかる人で話を聞いてくれる人がいたらとわたし自身も家族も
思っている。
今のところそんな人はひとりもいないので、わたしはひたすら神の助けを願ってお祈りをし、
聖書を読み、宣教している。
いつかきっと主は助けてくださると確信しつつ。
主イエス・キリストの御名によって。
アーメン。
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