![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/47/f3/ded0f246129d25b1cfc6d7a5399ed48b.jpg)
そして、『サウロ、サウロ、なぜわたしを
迫害するのか』と、呼びかける声を聞いた。
これに対してわたしは、『主よ、あなたは
どなたですか』と言った。
すると、その声が、『わたしは、あなたが
迫害しているナゼレ人イエスである』と答えた。
(使徒行伝 第21章 7から8節 )
☆★★★ ☆★★★ ☆★★★ ☆★★★
有名な「ダマスコ途上のパウロ」のエピソードである。
この「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか」は
クリスチャンとなった者もそうでない者もすべての生命体に
対する主の呼びかけである。
「なぜ迫害するのか」、「主よわたしはあなたを迫害なんかしていません」と
胸を張って答えることのできる者がはたしているのだろうか?
「今日の信者は明日の迫害者、明日の迫害者は明後日の信者」というのが
主の被造物のあまりにも悲しい現実ではないだろうか?
しかし、わたしたちクリスチャンは今日も明日も答え続ける。祈り続ける。
主に向かって。
主イエス・キリストの御名によって。
アーメン。
☆★★★ ☆★★★ ☆★★★ ☆★★★
↓:信者
![にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ](http://philosophy.blogmura.com/bible/img/bible88_31.gif)