「ダビデの子ヨセフ。恐れないであなたの妻マリヤを
迎えなさい。その胎に宿っているものは聖霊によるのです。
マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。
この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。」
(マタイによる福音書第1章 20・21節 )
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「イエス」とは訳すと「主は救う」という御名である。
この御方はわたしたちの罪の罰の身代わりとなって
十字架にかかって死んでくださった。
そしてわたしたちに復活のいのちとこしえのいのちを
与えるために十字架の死より復活してくださった。
だからわたしたちは主の十字架を身につけたり最も大切な
主のシンボルとして扱うのである。
十字架を見ると「ああ主がわたしの罪の罰を身代わりとして
受けてかわりに死んでわたしを復活のいのちとこしえのいのち
に生かすために復活してくださったのだ。そして聖霊として
今まさにわたしの内にお住みになっているのだ」ということを
思い出してとてもなぐさめられる。
だからわたしは小さな十字架のシンボルをペンダントとして
いつも身に着けている。
主イエス・キリストの御名によって。
アーメン。
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