「行って、この見つかった書物のことばについて、
私のため、民のため、ユダ全体のために、
主のみこころを求めなさい。私たちの先祖が、この書物の
ことばに聞き従わず、すべて私たちについて
しるされているとおりに行わなかったため、私たちに向かって
燃え上がった主の憤りは激しいから。」
(列王記第二 第22章 13節 )
☆★☆★ ☆★☆★ ☆★☆★ ☆★☆★
キリスト教でこれだけは読まなくてはいけないと言ったら「聖書」である。
神と人との関係はどうあるべきか、人は神の御前でどのように生活すれば
よいのかが、書かれている。
もちろん「神とはどのような御方か」を知らせることを中心に。
ところが「書物主義」と言って「聖書」さえろくに読ませない、キリスト教の
本も読ませない宗派ができてしまった。かなり大きな宗派なのでわたしはとても
危惧している。
「聖書」を読まなくて何がキリスト教なのだろう。
主イエス・キリストのことが書いてあるのはこの本だけではないか。
この全宇宙は神が創造したことが書いてあるのはこの本だけではないか。
この本を読まなくて何がキリスト教がわかるのだろう。
そもそも何かを知るときにたいてい書物を読まないだろうか。
世評にたえた「聖書辞典」を片手にみんなで「聖書」を読もう。
そして神とはどのような御方か、神の御前でどのように生かされればよいかを
勉強しようではないか。
これは、わたしは全宇宙のすべての生命体に必要なことだと確信している。
主イエス・キリストの御名によって。
アーメン。
☆★☆★ ☆★☆★ ☆★☆★ ☆★☆★
↓:生命体
にほんブログ村