
しかし、私たちを神の御前に立たせるのは食物では
ありません。食べなくても損にならないし、食べても
得になりません。
(コリント人への第一の手紙 第8章8節 )
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偶像にそなえられたとされる食べ物についてである。
もちろん偶像なるものはないのであるからどのように
うやうやしく食べ物をささげられてもそれこそ何でもない。
だからそのようなものを食べても何の害にもならないし、
何の得にもならない。このことは食べ物がどうのこうのというより
まず偶像と言われているものがはたしてどのようなものなのか
よく考えるべきである。
ごく簡単に言ってしまうと偶像とは主なる神ではないのに、
そのものがまるで主なる神と思ってしまうことである。
「像」の問題ではない。意識の問題、主なる神に対する信仰の問題である。
わたしたちクリスチャンは普通の宗派では「像」は絶対に信仰の対象に
しない。
われわれが信仰のシンボルとしているのである。
偶像とは主なる神と何の関係もないなんでもないものである。
その偶像にそなえものをするなど、それこそ偶像崇拝の罪である。
信仰のシンボルには十分に気を付けよう。
それはシンボルにすぎないのだから。
主イエス・キリストの御名によって。
アーメン。
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