☆ 「インド太平洋方面派遣」開始時期を1年早めて改変 (週刊金曜日)
半田滋(はんだしげる・防衛ジャーナリスト)
商店街がオープン7周年を迎え、タウン誌の記者が取材に行った。広報担当はA商店が8年前に開店していたから、商店街のオープンは8周年だと言う。当時、他に店はなく、A商店があっただけ。商店街はなかったのに担当者は8周年だと譲らない-。あなたがタウン誌の記者だったら7周年と書くか、それとも8周年と書くだろうか。そんな混乱が海上自衛隊の発表によって、新聞各紙で起きている。
海上自衛隊は4月16日、(お知らせ)として「令和6年度インド太平洋方面派遣(IPD24)について」をホームページに掲載した。
派遣の目的、期間などが書かれ、最後に「その他」として「海上自衛隊は、2017年から本派遣を実施しており、今回で8回目となります。」とある。
昨年4月の(お知らせ)でも「2017年から本派遣を実施」とあり、少なくとも昨年からは部隊派遣が17年から始まったことになっている。
だが、海上自衛隊が「インド太平洋方面派遣」の名称を使い始めたのは18年からだ。当時の海上幕僚長は防衛記者会の定例会見で「インド太平洋方面派遣訓練(当時は末尾に訓練があった)としての派遣は初めて」と述べ、発表文も配布した。そして同年8月26日から10月30日まで護衛艦「かが」「いなづま」「すずつき」の3隻がインド太平洋に派遣された。
新聞の過去記事をみると、「『インド太平洋方面派遣訓練』として企画するのは初めて」(18年8月22日『朝日新聞』)、「海上自衛隊は2018年から、いずも型護衛艦を2~3カ月かけてインド洋まで往復航海させる『インド太平洋方面派遣訓練』を実施している」(20年1月26日『読売新聞』)と正確に記述している。
ところが、今年の記事をみると、「海上自衛隊は2017年から毎年、インド太平洋地域の各国海軍などと連携強化を図る『インド太平洋方面派遣(IPD)』を実施」(5月9日『朝日新聞』)、「海自は2017年以降、護衛艦などを数か月にわたって各国に派遣し、訓練を重ねる『インド太平洋方面派遣』を毎年行っている」(3月3日 『読売新聞』)とあり、開始が17年となっている。
読者の混乱を招くばかりでなく、新聞で事実関係を調べる研究者にとってこのズレは致命的だ。
☆ 安倍氏の提唱に合わせ
なぜ、インド太平洋方面派遣は1年繰り上がったのか。
海上幕僚監部(海幕)広報室に問い合わせたところ、「2017年に護衛艦『いずも』をインド洋に派遣した。海上自衛隊としては、この派遣が事実上のインド太平洋方面派遣と整理している」との回答だった。
繰り返すが海上自衛隊の発表は18年にあり、護衛艦3隻が派遣されたのも18年だ。海幕広報室の説明は、振り返れば、1年前にも護衛艦派遣があったから前倒ししたと言っているのに等しい。「後付け」とはこのことだ。正確な情報を提供すべき国家機関として信頼を損ねる行為といえる。
インド太平洋方面派遣は16年当時の安倍晋三首相が提唱した「自由で開かれたインド太平洋」を受けて始まった。
18年、初回の派遣を伝える海上自衛隊のホームページには「『自由で開かれたインド太平洋』の前提は、地域の平和と安定であり、海上自衛隊はこの実現に向け、各国との協力を推進していきます」とある。
17年は長期行動として海外派遣した「いずも」などが米印共同訓練「マラバール」やシンガポールで行なわれた国際観艦式に参加した。「地域の平和と安定」に貢献したとの思いから、インド太平洋方面派遣は17年に始まったと過去をすり替えたと考えるほかない。
「発表は間違いではないのか」との筆者の指摘に海幕広報室は「間違いではないが、言葉足らずだった。誤解を招かないよう来年度以降は修正していく」と回答した。
誤解とは事実や言葉を誤って理解することを指し、問題があるのは相手の方だと責任を回避する便利な言い回しである。
仮に今年の発表を修正すれば、新聞各社は事実を確認することなく、発表を垂れ流した問題を棚上げして抗議するだろう。
それでも海上自衛隊には、論語に登場する言葉を贈りたい。「過ちを改めざる、これを過ちという」(過失はやむを得ないが、過ちと気づいたらすぐ改めよ)
『週刊金曜日 1474号』(2024年5月31日)
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