◇ 橋下市政の文化冷遇 心得違い問いただす
『産経新聞』(2012年4月17日【西論】)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120417-00000107-san-pol
日本で唯一、世界の指揮者の形態模写で観客を沸かせる芸人がいる。好田タクトさん。芸歴29年。小学生のころから割りばしをタクト代わりにして練習したという芸は、どれも本人そっくりで、モーストリークラシック誌が選ぶ「世界の音楽家20人」に入ったことがあるほど秀逸だ。
そのタクトさんが舞台で必ず、締めくくりに演じるのが朝比奈隆である。93歳まで指揮台に立った朝比奈の老人らしい歩き方からテンポ感、年齢を感じさせない指揮ぶりまで、デフォルメをつけて演じると、演芸場でもスタンディングオベーションが起こる。
「1つのオーケストラを半世紀以上も率いた例は世界でも他にない。熟成された指揮ぶりは、オケも観客も一体にする精神性があった。それが、亡くなった今でも受け入れられる理由だと思います」
朝比奈が結成し、54年間指揮したのが大阪フィルハーモニー交響楽団である。年間120回の公演を行い、約17万人の聴衆を集める。
前身は昭和22(1947)年に旗揚げした関西交響楽団。65年の歴史を誇る名門楽団だが今、大きな転機に立っている。橋下徹・大阪市長による市政改革で、文楽協会とともに運営補助金の25%(4千万円)カットを突きつけられているからだ。
もともと、市長が示唆していたのは全額カットだった。それが5日に発表された市政改革プロジェクトチームの試案では25%カットにとどまった。ただし、残る75%の予算執行について、第三者審査機構(アーツ・カウンシル)の評価による、としているから、全額カットの可能性は依然として残っている。
◆杓子定規の補助金カット
試案が打ち出した事業見直しは104事業に及び、3年間で548億円の歳出削減を見込んでいる。
見直しの基準は横浜、名古屋、京都、神戸の4政令市などとの比較。手厚い住民サービスと判断すれば原則、廃止や削減の対象とした。
高齢者が無料・無制限で市営地下鉄などを利用できる敬老パスは、全国唯一の手厚いサービスとして見直しの目玉にされた。
「市の行政サービスはバブル絶頂期のまま。贅沢三昧(ぜいたくざんまい)の状況からレベルを落とさせていただきたい」というのが橋下市長の主張である。
市は平成22年度末で5兆624億円の借金を背負っている。にもかかわらず市民1人あたりの歳出決算総額は62万7千円に上り、横浜市の41万3千円や名古屋市の45万6千円よりも相当多い。今後、年間500億円程度の収入不足が見込まれる市財政を考えれば、市長の主張は一応、納得できる。
問題は、文化への歳出を「他市並み」を基準に、削減していいのかということである。特に、大阪フィルは世界にも名が通る楽団である。文楽協会は他市にはない組織である。25%カットは、各種団体への運営補助を原則25%カットする規定を充当したものだが、杓子(しゃくし)定規で対応しただけだとしたら、心得違いと言うしかない。
◆知恵と汗の行政を
収入の範囲内で予算を組む、という基本方針は極めてまっとうなものである。どこの市民であれ、身の丈にあった暮らしが、住民サービスの基本にあるべきだ。子供に対してであれ、高齢者に対してであれ、あらゆる住民サービスの背後にはそれを負担する人たちがいる。
それを考えれば、自立を基礎にした質素な暮らしをすることは、市民の誇りになりこそすれ、恥ずかしいことではない。ただ、それだけでは決して魅力ある街にはならない。他市にない風物・文化があってこそ、ここに住みたいと思える街になるのである。
文化団体への冷遇には、「民間でできることは民間に」という橋下哲学がのぞく。その考えはすでに、大阪には十分根付いている。好例が6年前にオープンした落語の定席「天満天神繁昌亭」だ。土地は大阪天満宮が提供し、建設費2億4千万円は約4500人の市民・団体が寄付した。
繁昌亭ができたことで、今や250人を数える上方の落語家は4、5カ月に1度は出番ができた。
「これでみんな、生き生きした顔になった。芸人って、発表の場がないと上達しない。オーケストラも本当の支援は、フェスティバルなど発表の場をつくってやること」とタクトさんは言う。
ホールや会館など施設を無償で提供することも市には求めたい。その分、チケットが安くなって観客が増えるし、オーケストラが自立する収益も上がる。第一、既存のハコモノの活用なら、予算もそれほどかからない。「こうした支援で年間300回の公演をこなすオーケストラが欧州にはあります」
行政は、金が無いなら知恵を出すべきだし、市民のために汗を流さねばならない。その先頭に立つのが、次代を創(つく)る政治家だろう。
ただただ民間任せ、予算を削ってあとは知らぬでは、単なるコストカッター、壊し屋にすぎない。(編集委員・安本寿久)
『産経新聞』(2012年4月17日【西論】)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120417-00000107-san-pol
日本で唯一、世界の指揮者の形態模写で観客を沸かせる芸人がいる。好田タクトさん。芸歴29年。小学生のころから割りばしをタクト代わりにして練習したという芸は、どれも本人そっくりで、モーストリークラシック誌が選ぶ「世界の音楽家20人」に入ったことがあるほど秀逸だ。
そのタクトさんが舞台で必ず、締めくくりに演じるのが朝比奈隆である。93歳まで指揮台に立った朝比奈の老人らしい歩き方からテンポ感、年齢を感じさせない指揮ぶりまで、デフォルメをつけて演じると、演芸場でもスタンディングオベーションが起こる。
「1つのオーケストラを半世紀以上も率いた例は世界でも他にない。熟成された指揮ぶりは、オケも観客も一体にする精神性があった。それが、亡くなった今でも受け入れられる理由だと思います」
朝比奈が結成し、54年間指揮したのが大阪フィルハーモニー交響楽団である。年間120回の公演を行い、約17万人の聴衆を集める。
前身は昭和22(1947)年に旗揚げした関西交響楽団。65年の歴史を誇る名門楽団だが今、大きな転機に立っている。橋下徹・大阪市長による市政改革で、文楽協会とともに運営補助金の25%(4千万円)カットを突きつけられているからだ。
もともと、市長が示唆していたのは全額カットだった。それが5日に発表された市政改革プロジェクトチームの試案では25%カットにとどまった。ただし、残る75%の予算執行について、第三者審査機構(アーツ・カウンシル)の評価による、としているから、全額カットの可能性は依然として残っている。
◆杓子定規の補助金カット
試案が打ち出した事業見直しは104事業に及び、3年間で548億円の歳出削減を見込んでいる。
見直しの基準は横浜、名古屋、京都、神戸の4政令市などとの比較。手厚い住民サービスと判断すれば原則、廃止や削減の対象とした。
高齢者が無料・無制限で市営地下鉄などを利用できる敬老パスは、全国唯一の手厚いサービスとして見直しの目玉にされた。
「市の行政サービスはバブル絶頂期のまま。贅沢三昧(ぜいたくざんまい)の状況からレベルを落とさせていただきたい」というのが橋下市長の主張である。
市は平成22年度末で5兆624億円の借金を背負っている。にもかかわらず市民1人あたりの歳出決算総額は62万7千円に上り、横浜市の41万3千円や名古屋市の45万6千円よりも相当多い。今後、年間500億円程度の収入不足が見込まれる市財政を考えれば、市長の主張は一応、納得できる。
問題は、文化への歳出を「他市並み」を基準に、削減していいのかということである。特に、大阪フィルは世界にも名が通る楽団である。文楽協会は他市にはない組織である。25%カットは、各種団体への運営補助を原則25%カットする規定を充当したものだが、杓子(しゃくし)定規で対応しただけだとしたら、心得違いと言うしかない。
◆知恵と汗の行政を
収入の範囲内で予算を組む、という基本方針は極めてまっとうなものである。どこの市民であれ、身の丈にあった暮らしが、住民サービスの基本にあるべきだ。子供に対してであれ、高齢者に対してであれ、あらゆる住民サービスの背後にはそれを負担する人たちがいる。
それを考えれば、自立を基礎にした質素な暮らしをすることは、市民の誇りになりこそすれ、恥ずかしいことではない。ただ、それだけでは決して魅力ある街にはならない。他市にない風物・文化があってこそ、ここに住みたいと思える街になるのである。
文化団体への冷遇には、「民間でできることは民間に」という橋下哲学がのぞく。その考えはすでに、大阪には十分根付いている。好例が6年前にオープンした落語の定席「天満天神繁昌亭」だ。土地は大阪天満宮が提供し、建設費2億4千万円は約4500人の市民・団体が寄付した。
繁昌亭ができたことで、今や250人を数える上方の落語家は4、5カ月に1度は出番ができた。
「これでみんな、生き生きした顔になった。芸人って、発表の場がないと上達しない。オーケストラも本当の支援は、フェスティバルなど発表の場をつくってやること」とタクトさんは言う。
ホールや会館など施設を無償で提供することも市には求めたい。その分、チケットが安くなって観客が増えるし、オーケストラが自立する収益も上がる。第一、既存のハコモノの活用なら、予算もそれほどかからない。「こうした支援で年間300回の公演をこなすオーケストラが欧州にはあります」
行政は、金が無いなら知恵を出すべきだし、市民のために汗を流さねばならない。その先頭に立つのが、次代を創(つく)る政治家だろう。
ただただ民間任せ、予算を削ってあとは知らぬでは、単なるコストカッター、壊し屋にすぎない。(編集委員・安本寿久)
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