笈の小文(おいのこぶみ)の中に
ここ渥美半島 三河の地に杜国が隠棲していると・・
取って返して保美の地に来た。
杜子には芭蕉の門下生で名古屋で米問屋を商っており
闇米にかかわった罪で、この地に蟄居させられた。
芭蕉はこの杜国に一方ならぬ思いを寄せて、
わざわざ寄り道したと言う。
芭蕉44歳の時
伊良湖岬まで足を延ばして
「鷹ひとつ見つけて嬉しいらご岬」の
一句を詠む。
この地の近くに河津桜と菜の花の景勝地がある。
笈の小文(おいのこぶみ)の中に
ここ渥美半島 三河の地に杜国が隠棲していると・・
取って返して保美の地に来た。
杜子には芭蕉の門下生で名古屋で米問屋を商っており
闇米にかかわった罪で、この地に蟄居させられた。
芭蕉はこの杜国に一方ならぬ思いを寄せて、
わざわざ寄り道したと言う。
芭蕉44歳の時
伊良湖岬まで足を延ばして
「鷹ひとつ見つけて嬉しいらご岬」の
一句を詠む。
この地の近くに河津桜と菜の花の景勝地がある。