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絵じゃないかぐるーぷ
平成初めの頃です。
題名変更版
* 羅城門のふたり
ヤツは、太刀を前に回してきた。
武器を持つとすぐそうなるのだから、
人間なんてものは厄介なものだ。
私は素手だし、ヤツの若さには適いそうにもない。
ここは一丁、平和的に折り合いをつけなければならぬ。
ヤツも初めてした追いはぎ。
気が立っている。
己の後めたさを力で解決しようとしているのだろう。
悪事の上塗りだ。
{その太刀、1万円で売ってくれないかい?}
私は、ヤツの泣きどころをつく。
ヤツも出来れば、
これ以上の悪事を働きたくないだろう。
{これ持ってないと、今の世の中、
何されるかわからへんし・・・}
素直な青年の顔に少し戻っている。
頭のなかで、YES、NONのスロットマシンを
回しているようだ。
金は欲しいし、太刀は必需品だし、と。
{じゃ、こうしよう。私もそんなもの買っても使い道がない。
しかし、私が買えば、その太刀の主人は、この私。
それを、君に預けておこう。そうすれば、少なくとも、
その太刀は私に向っては来ないだろう。
私は、そんなもの大嫌いなんだ。そういうことで、手打たへん?}
私の咄嗟の提案にヤツも戸惑っているようだった。
それが何を意味しているのか、よく飲み込めないらしい。
私には、今すぐ、その太刀は必要ない。
しかし、いつかどういう事で必要になるか分からないし、
また一生縁が無いかも知れない。
が、何かの時、役に立つかもしれないという淡い期待が、
何にでも飛びつかせている。保険の一種だ。
ヤツには私のそんな思考が分からないみたいだ。
タダで、金を呉れるように受け取ったのだろう。
{私は、乞食ではない。泥棒した上、乞食までしたら、
両親に申し開き出来ない}
何がこの後に及んで、申し開きだ! と思うが、
{若いの。私は何も君に金を恵んでやったりはしない。
君に貯金しているのだ。ちゃんと利子は払って貰うつもりだ。
別に返す相手が、この私で無くってもよい。
ただ、返す義務を君の内に叩き込んでもらったら、
私の気は済む。
私も若いとき、多くの人にそうしてもらってきた。
しかし、今となっては、その返す相手もわからない。
私も君に貯金をしてみたい。昔のお返しだ。
素直に受けてくれ}
(たかが、一万円の出費で大口叩くオッさんの態度丸出し。
しかし、一回言ってみたかったのだ。)
平安青年に、貯金や利子などはわかりにくいだろうが、
米の話をすると通じたようだ。
一粒の種モミが88ほどの手を加えることにより、
何十倍にも増えるのは植物の稲の持つ特徴だ。
人間にだって通用するはずである。
若者は、種モミだ。
88か何個か知らないが外からの手も必要だ。
もちろん、野性で育つ稲もあるだろうが、
人間はもはや人工の産物となってしまっている。
多くの手が必要な存在なのだ。
どの手を選ぶかは己れが選択すればいい。
またどうしても不要と思う奴は拒否すればいい。
要は種モミが成長して実を結べばいいのだ。
その時、余力があれば、どこかに回してくれればいい。
私は、たまたま運悪く彼と出会ってしまった。
ありがたいことに、今の所は飢えこごえる心配はない。
しかしながら、彼は一時失業の身の上だ。
失業保険もない。
彼は、この私を利用すべきなのだ。
そうは言っても、私は彼の1週間分ぐらいの
生活の手助けしか出来ない、
3人の子持ちのしがないオッさん。
しかし、ヤツにこれ以上の悪事を働かせたくはなかった。
悪事はすぐさまエスカレートしてゆく。
安易な道は走りやすいのだろう。
歯止めも乏しい。
けれども、そんなことばかりしていると、
そのうち役人に捕まって、鴨の河原で晒されるのが落ちだ。
かといって、日銭の入る道もおいそれとはないだろう。
私は、近くに住むジョジィの仲間の
北山杉の北やんのことを思いだした。
北やんは小金を貯めこんでいる。
利子さえ、きちんと払えば、金は貸してくれるだろう。
その金で食べ物商売でもすれば、
何とか食いつなぎは出来るだろう。
3年も辛抱すれば、世の中暮らし向きも良くなって、
青年の再就職口も見つかるに違いない。
三年と続く飢饉の例は、あまりない。
つなぎとして、蛇肉の切り干し売りでもすればいい。
それなら、元手はあまりかからないだろう。
人肉の干し肉売りや人骨スープを売るよりかは、
いくらかましだ。
私の勧めにヤツも乗ってきたようだった。
{君、バァさんに着物返してやれよ。
悪いけど、そんなもの売れはしないよ。
そんなもので、恨まれるの割にあわないぞ}
{うん、そうする}
私は、ヤツをサヤカに乗せて羅城門へと引き返した。
ヤツには、サヤカが黒い馬に見えるようだ。
これは、サヤカの魔力によるものだ。
道案内はヤツにしてもらった。
彼には、予備のレインウェアを貸してやっている。
闇の雨がヘッドライトに斜めに光っては消えてゆく。
そのうちに今にも倒れ落ちそうな大きな門が見えてきた。
丸い柱の根元にうずくまっている小さな老婆が、
ヘッドライトに浮かびあがる。
キッとこちらを見据えていた。
少々のことでは驚かない歳になっているのだろう。
下人の下ピーが降りて近づいてゆく。
下ピーは、私が勝手につけてやった名前だ。
{ババどの、先程は悪かったな。これを返すよ。
済まぬことをした。許せ}
私もサヤカの力を借りて話しかけてみる。
黒メットは新型兜ぐらいにしか見えないのだろう。
私の姿も、やはりサヤカの術のせいで
違和感をあまり抱かせてないようだ。
{バァさん、許してやってくれ。一時の気迷いだ}
バァさんもよく出来た女だった。
女がそこまでしぼ萎えるには、
それ相当の辛酸な目に遭ってきているに違いない。
先程の災難など些細なものであるのだろう。
あまり気にも止めてない様子だ。
赤黒い着物を、ひったくるように取り戻し、
すばやく身だしなみを整えた。
{お若いの。アンタの右の頬のにきび潰して、
なかの脂、この婆に食わせてくれんかのう。
それで何もかも忘れてやろう}
下ピーが、瞬間ニキビを右手で隠した。
私もオェー。
このバァさん何を考えているのだと思ったが、
これは奴等二人の交渉ごと。
様子を見ることにする。
力は下ピーが圧倒的に強いはずだが、
人間的な強さではガラバァの比ではない。
すぐさまガラバァが勝った。
小さな白い脂をプチリと噛みつぶしてから、
ごくんと旨そうにしぼ萎えた口から飲みこんだ。
{ああ、これで力が湧いてくるわいな}
人間なんて気の動物だ。
気の持ちようで行動も変わってくる。
下ピーが善人の顔に戻るとガラバァの強かさには及びもつかない。
私は、二人はいいコンビになれると思ったので、
北やんのところへ二人でゆく事を勧めた。
下ピーだけではセールスもうまく出来ないように思ったからだ。
また、ガラバァだけだと、しょっちゅう今日のような目に遭うだろう。
殺す価値もないので、誰からも殺されたりはしないだろうが、
いい目は誰かにすぐに横取りされるように思った。
二人は何とか納得してくれたようだ。
ガラバァが炊事、洗濯、セールス。
下ピーが蛇取りや山菜取りや川魚取りをして加工する。
数年暮らすうちに町の暮らし向きも良くなってくるだろう。
私は、二人を乗せて北やんのところへと走った。
ガラバァは軽いとはいえ、
3人も乗るとサヤカのハンドルが浮くようで、危なかった。
交通警官に見つかれば、捕まってしまう。
その時は、「バァさんが急病なので・・・」とか
何とか言い訳をしようと考えながら、走っていった。
雨のヤツもなかなか上がりはしない。
スリップに細心の注意を払い、
黒々と聳えたつ杉木立のなかを進んで行く。
北やんはよく眠っていた。
杉の木でも眠るヤツもいるようだ。
彼にわけを話し、二人を預けておいた。
北やんは保証人になれと私にせまってきたので、
仕方なく引き受けた。
何事につけても、きっちりしした奴だ。
この際、何でもいい、早くOさんの許に
帰らなければと自分の身が
心配になってきていた。
二人の将来に何とか光明が見えてきたので、
己を取り戻しつつあったのだ。
12時は、とっくに過ぎていた。
家族へのお土産の1ダース入りの砂丘最中を6個と
かわはぎの干物2袋のうちの1袋を彼らに進呈した。
下ピーが、
「オッさん、子供いるんだろ? これお返し」と言って、
虫を一匹懐から出してくれた。
二人は、北やんの根元の空洞のなかで
落ち着いた様子だったので
一安心した。
3人に別れを告げて、一目散にわが家へと急ぐ。
お節介は私の性分、
またまた首を突っ込んでしまった。
Oさんから、
「こんなに遅くまで、何してたの!
アッ、卑しいオッさん! お土産まで摘み食いしてる」
なんて、声が聞こえてくるのを、楽しみにしながら、
あと2時間近くは掛かりそうなOさんの主催する
流・極楽ファミリースペースへと雨の降る暗い夜道を、
サヤカとともに素走りで急いだ。
羅城門 鬼も大蛇も 住みはせぬ
心の悪を 漉すフィルター
ち ふ
つづく