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絵じゃないかぐるーぷ
平成初めの頃です。
題名変更版
* 秀香の救出
橋柱にされた童の助けだしも、みみづくと蛇たちの連れ帰りも何とかうまくいったようだ。皆の関心が車焼きにいっているものだから、簡単と言えば簡単だった。
後は、秀香を助け出すだけである。これは、皆で見守ることになった。
場所は、京の都の鬼門筋にあたる大原の少し手前であった。高野橋を渡って、国道367号を30分ばかり走った右側の高台に山荘はあった。知理・芥グループ、キヨヒメ、ナカヤキ、私とSサヤカ、この前集まった者全員で行くことになった。
もちろん、主役はキヨヒメである。この筋書きもバナイランが詳細を書いた。彼もなかなか才能がある。龍はんの動きばかり、監視しているものだから、師匠の能力が乗り移ってきたのかもしれない。
私は、会社を5時ぴったりに出て、家路についた。職場の空気が少し固く感じられたが、押し拡げて会社を出た。6時半に家に帰りつけば、サヤカに乗り、京都につくには、9時前になる。火が放たれる時間は、11時半だから、道に少しぐらい迷ったとしても、十分間に合うだろう。待ち合わせ場所は、八瀬遊園地の広場だ。
内職に精を出すOさんにすまないと思いながらも、サヤカにまたがる。春の夜とはいえバイクの走りは、真冬の冷たさを感じさせる。私は、貼りつけ型のカイロを3つほど、下着の上につけていた。首筋から、袖口から、じんじんと寒さが滑りこんでくる。京都市内についた頃には、手足は冷えきっていて、感覚を失っていた。
9時半には、高野橋についたので、食事を取ることにした。国道沿いのレストランでチャーハンを食べ、コーヒーを飲んだ。待ち合わせ場所についた時には、10時20分になっていた。白いタイタイが、月の無い闇の中に、ぼおーっとつっ立っていた。
{オッさん、ご苦労はん、サヤカはんもいらっしゃい。オッさん、早く中に入れや}
{タイタイも、大変さん}
私とサヤカは、タイタイの中に素早く潜りこんだ。中には、グループの皆が揃っていた。少し緊張気味のようだ。もし、助け出すのが遅れると、秀香は本当に焼け死んでしまう。タイミングが難しい。キヨヒメは蛇の姿に戻っている。
時間がせまったので、タイタイが、ゆっくりと浮上した。ここから現地までは、5分とかからないだろう。
荒れ放題というその庭には、びろうげの車が置かれ、その下には、数段の火種となる松の木が組み敷かれていた。恰幅のいい顎髭を生やした大殿はんが、縁側でどんと腰を下ろして座っている。車の周りには、松明を持った5~6人の男たちが、今にも火を放ちそうな様子で合図を待っていた。タイタイは、そこから少し離れた場所でキヨヒメを降ろす。
{キヨちゃん、頼むでえ}
キヨヒメは、ウインクしながら、出陣していった。
オェー!
この落差、何ともならない。人間の姿をしたキヨヒメのウインクなら、ぽっと顔の5平方cmも赤らめてやるのだが、蛇のそれともなれば、目を背けたくなる。
キヨヒメのやりとりの様子を聞こうと、私は、サヤカの翻訳機能も兼ねているガソリンの給油口に耳をあてっ放しである。
{秀香さん、助けに来ましたよ}
{あなたは、どなた?}
{あなたの仲間の人に頼まれたの。道成寺のキヨヒメよ。あなたも、私の名は知ってくれているでしょう}
{ああ、あの・・なぜ、助けてくれるの}
{詳しい事は後で言うわ。それより、あなたはここで焼け死ぬのだから、精いっぱい演技してね。火は、少し熱いかもしれないけれど、火傷などしないぐらいの熱さよ。わたしの口から出る炎は、外から見ると焼けているように見えるけれど、着物も髪の毛も焦げたりしないから、安心してね。わたしの炎の力で、木の炎を追っ払ってあげるから、あなたはスターになった気分で、苦しそうな演技だけすればいいのよ。わかった?}
{ありがとう。そうするわ。まだまだ死にたくないし・・ 一生懸命やってみる}
松明で、火がつけられた。四方八方、くるくると数人の男が走り回る。生きた人が中にいるというのに、何とも機械的に動き回っている。心のカケラもない火の奴隷のような連中だ。良ヒネの奴は、少し近づいただけで、あとはその様子に見入っている。
たかが屏風などに娘の生命をくれてやるのか!
人間の尊い生命と対立するようなものは、芸術とは呼ばない。呼べないのだ。自分が愛する者を犠牲にするような者の創作物には、どこかに大きな欠陥が潜んでいる。それが良ヒネには解らないのだろう。
炎は炎を呼び、風を起こし、秀香を焼き尽くそうと息まいている。キヨヒメの吐く紅蓮の善炎は、悪炎を蹴散らし、食い止め、必死の戦いを挑んでいる。秀香、一世一代の演技が続く。彼女も自称芸術家の娘だけはある。その場の雰囲気を掴み、身体で表現をする術を身につけているのだろう。うまい具合に猿も入ってきた。火は熱いものと思いこんでいるものだから、中に入ってキョトンとしている。
{スズザールちゃん、お願いだから、苦しそうにして}
秀香の悲痛な願いの声が聞こえてきた猿のヤツも思ったほど熱くないし、主人が何か深刻そうに身悶えしているものだから、そこは猿マネ、一緒になって苦しみの演技をし始めた。彼女たちの演技を演技とも知らず、見物人の哀れみを帯びたような、それでいて残酷な目の群れが、突き刺さるように注がれている。
苦しめば苦しむほど、奴等の瞳孔は大きくなるようだ。奴等も私も同じ人間かと思うと、龍はんの心も少しは分かってくるようで、淋しかった。でも、私は幸いなことに、Oさんや長女のマイカを、犠牲にするような芸術心を持ち合わせてはいない。
もし、そんなものがあったとしても、絶対認めはしない。永遠に残る芸術なんて存在しはしないのだ。人類が滅び、地球が滅び、太陽系が無くなれば、そんなものは跡形もなく消え去る運命にあるものだから、何をしたって大差がないのだ。そう割り切れば、芸術なんてものは深刻に人間を悩ますものではないと思っている。
ドドーン。
火柱が上がった。タイタイはその上空で静止していた。ゆっくりと火柱の中を降りてゆく。煙と炎で外からは見えない。若い下ピーが、降りて、戸をこじ開け、中の秀香の鎖を解き、スズザールを連れて戻ってきた。タイタイは素早く浮上する。この間、1分間足らずであった。筋書き通りである。
車がほどなく崩れ去った。
私たちは、キヨヒメの帰りを待った。よろっ、よろっと這うのもやっとという感じで、彼女は帰ってきた。やはり、言う時は言うだけの事をする女性だ。
{お疲れさん}
皆でねぎらう。
秀香は、キヨヒメたちと道成寺に住むことになった。キヨヒメの気性に憧れる女性も多いのだ。むーみぃ姫も、すっかりキヨヒメに信頼を寄せている。秀香も傍で見ると可愛い。こう若くて可愛い魅力的な女の子ばかりで、私も下ピーもイモンガーも、皆、鼻の下を長くして見入っている。残念ながら、キヨヒメは蛇姿のままだったのだか・・
私は、キヨヒメの背中の一つも撫でてやりたかったのだが、蛇は苦手なので、触ることも出来なかった。しかし、潔癖なキヨヒメのこと、恋人のアンジン以外の男が触ったら、ドえらい剣幕で怒るに違いない。女は、やはりそれでなくてはいけない。
つづく