copyright (c)ち ふ
絵じゃないかぐるーぷ
平成初めの頃です。
題名変更版
* 池ノ尾の人
なかなか出てくれなかった。それでも、何回か押し続けていると、
「何のご用ですか?」
少し険しい声が、滲み漏れてきた。
「この橋通らせて欲しいのですが・・・」
恐る恐る口を当てる。
「どちらに行かれるのですか?」
ぶっきらぼうでいて、言葉だけは丁寧な問いかけが跳ね返る。
「ちょっと池ノ尾まで」
「村の方ですか?」
「いえ」
「親戚か何か?」
「お寺見たいのですが・・・」
「お寺って?」
「芥川龍之介の鼻に出ているんですけど・・・」
「芥川? 誰ですか? その人?」
「ええっ! ご存じありません? 小説書いている人ですが・・・」
「聞いたこともないですけど・・・
それにここは当社の私有地ですし、いま雨で地盤が緩んでいるので通っていて
怪我されても困るし・・・」
「責任は私が持ちますが・・・」
「そう言われても・・・ ちょっと待っていて下さい」
上司にお伺いを立てに行ったのだろう。
K電力と言えば、
日本でも超一流の優良企業である。
その社員が龍はんを知らない! って!
あーあ、今はそういう時代なのか、と一人で落ち込んでいる。
「やっぱり、ダメですね。他の道から行って下さい」
あの人は、アルバイトか何かで、
きっと本よりテレビの方が好きなのだろうと
勝手に解釈を施しながら、
二ノ尾の方から回り道して訪ねることにした。
池ノ尾は、宇治川から山を隔てた山間にある小ぢんまりとした集落である。
現在13世帯が住んでいる。
少し前までは、30軒ばかりあったそうだが、
みんな不便な山中から逃げだしてゆきつつあるのだろう。
申し訳程度に茶畑が山の斜面を利用して作られ、
水田がわずかながら顔をのぞかせていた。
13段の石段を持つ簡素なお寺もあった。
N先生は、説得するのに5回ほどかかったそうだ。奴も、邪魔鼻が世の中の役に立つことを知って、1回目で顔色が輝いたのだが、ウンとは首を縦に振らなかったらしい。
N先生は、「鼻」など一字一句頭の中に入っている専門家、奴の心の動きなど、すべてお見通しだ。バナイラン一流の焦らし作戦を見抜いている。
何回で落ちるかが問題だ。仏の顔も3度までと言うが、3回では足りなかったみたいだ。しかし、N先生が説得したからこそ、バナイランも生神になる決心をしたのだろう。
私なんかがゆくと、話には乗ってきても軽く聞き流されたに違いない。それに元来気の短い私は3回以上も行きはしない。
そんな事をするぐらいなら、奴のことは諦めて別の商売を考えていただろう。やはり、N先生は底力がある。私など、まだまだ及びもつかない。
3人を引き合わせるのは、私の役目だった。生みの親が同じ龍はんなので、思っていたより簡単にいった。血は濃いかった。下ピーたちは、お天道さまの下で大手を振って生活できるので、やる気は満々だ。
それに、ガラバァにはご馳走の鼻の脂のお負けつきがあることを、耳打ちしてやっていた。
ガラバァの皺の一つも取れるかもしれない。女は幾つになっても、心に余裕が出来れば、顔・形を気にするものらしい。そういえば、誰かが言っていた。女は美しくなるためには、何でもするって。バァさん、元気いっぱいである。
ああ、これで何とか「蛇ん蛇ん」連合に顔向けも出来そうだ。とんだ災難だった。思いつきで話なんかするものではない。だが、この性分、Oさんにいつも指摘されているのにちっとも直りはしない。バナイランのような、何か特効薬ないかいなあ?
劣等感 少し弄(いじ)れば すぐ化ける
優越感とは 紙一重の差
ち ふ
つづく