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絵じゃないかぐるーぷ
平成初めの頃です。
題名変更版
* 牛走り
鎌倉の大町に、龍はんが住んでいるというので、ナカヤキの化けた牛と百姓に扮装したイモンガーは、毎日朝早く出掛けては夜遅く帰ってくる。
もちろん、運び役は空が飛べる万博公園の太陽の塔・タイタイだ。龍はんは、なかなか散歩にも出ないようだ。そういう日が、5~6日も続いたある夕方のこと、ついに龍はんが散歩に出かけたそうだ。
若い奥さんを連れて、着流しの着物を粋に着こなし、白足袋に草履掛けであった。頭の髪を、真ん中できちっと分け、顔もふっくらとしている。イモンガーは、人違いかと思ったそうだ。彼が知っている龍はんは、痩せこけていたからだ。
初々しい奥さんは、龍はんの傍を半歩ほど遅れて、ちょこちょことついてゆく。ぽちゃとした、眉毛に特徴がある可愛い女性である。龍はんは、時々後目を送りながら、さっささっさと歩いてゆく。イモンガーとすれ違った時も、チラッと目を流して後はそ知らぬ顔をして通りすぎてしまった。
何と冷たい! 思わず、
「わしじゃ、わしじゃよ、1年半も経たないのに、もうお忘れか!」と、叫びそうになったと言う。しかし、名乗った所で、とうてい信じてはもらえまい。それにしても、イモンガーのドン百姓姿、板についている。
根っからの百姓だ。雰囲気が醸しだすイメージは、そうそう変えられるものではない。そうだ、そんな奴は居直ればいいのだ。イモンガーよ、それでいいのだ。私と二人で、ぜひドン百姓グループを結成しようではないか。
私も、しょっちゅうOさんから、百姓姿がよく似合うと言われている。ネクタイなど締めているより、よっぽどいい。でも、今の時代、農民になど簡単になれるものではない。坪1万円以上もする農地が、まとまって買えるわけがないのだから。
ナカヤキ牛の出番が始まる。筋書きは、バナイランにまかせた。彼らグループとしても外人部隊ばかりに任せるのは、気が引けるのだろう。何かと手助けしたいというので、イニシャティブはイモンガーに預けた。
「うわー、誰か止めてくれー、捕まえてくれー、危ないぞー」
ナカヤキは、目を据えて走る、走る。龍はん達は、500mほど先にいる。尻尾を右に左に揺りながら、牛は道路の真ん中を突っ走ってゆく。後をドタドタとイモンガーが、両手を上げながら追い掛けてゆく。
龍はん夫婦に、だんだんとせまってゆく。人通りの少ない川沿いの道である。龍はん達は、うまい具合に生えていた土手の柳の木の横に隠れてしまった。嫁さんを木に押しつけて、両手でかばうようにして、牛が走り去るのを待っていた。
ナカヤキは何を思ったのか、その柳の20mほど手前で止まり、草を食いはじめた。イモンガーとの差は、200m余りもある。龍はんたちは震えていた。下手に姿を見せると、牛に突進されるとでも思っているのだろう。
しかし、走りを止めた牛は以外と大人しいものだ。次にストレスが溜まるまでは、静かになってしまう。目つきを見れば、ストレスがまだ残っているどうか、飼い主には一目でわかるものらしい。
けれども、都会人の龍はんには、そんなことなど分かりはしない。また、牛を農耕で使ってないと、そんな姿は見られない。どちらにしても龍はんは牛の動きがよく分からないのだろう。
そこに、子供が二人ばかり通りかかった。ちょうど反対側からやってきたのだ。龍はんが、しきりに手を振り制止しているが、子供たちはおかまいなしに進んでゆく。声を出すと危ないと思っているのだろう。牛を指差して必死の形相をしている。
けれども、子供たちにとっては、道端で牛が草を食んでいるだけのこと、いつもの見慣れた光景である。このオッさん、何を寝呆けているのかと小馬鹿にしたような顔をして、横目でちらちら夫婦を見ながら、牛の傍を通り過ぎてしまった。
「おお、ボーボー」
イモンガーが追いついた途端、また牛は走りだした。龍はんたちの横を、後を振り返り振り返りしながら、嘲るように走り去っていった。龍はんは、その牛の様子を食い入るように観察して、目を少しも離さなかった。イモンガーは、その龍はんを観察している。牛が走ったぐらいで、人は死なないと思ったに違いない。
その夜、やはり龍はんは、その部分を書き直したそうだ。蹴殺されたから、怪我をしたに変えたようだ。
第一の関門は、二人の努力で何とか突破出来たようだ。
つづく