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絵じゃないかおじさんぐるーぷ
さあ、お膳立ては揃った。後は、実行に移すのみである。
オレは、わが家の守り神、わが友ゴキブリのゴキオーラと手鏡を革ジャンのポケットに入れ山の辺の道へと走った。井戸ッカを迎えに行く。彼には国道24号線の途中にある橿原神宮の森の木の上で、待ってもらうことにした。
一路、24号、42号を素走りで走り道成寺へと向かう。早苗を渡る風が心地良い。梅雨の合間を縫う夕刻の走りだった。西日が前方を眩しく遮るので走り辛い。道成寺につくと辺りは、もう薄暗かった。オレは、62段もある階段を登る気もしなかったのでゴキオーラに頼んで、キヨヒメを迎えに行って貰うことにした。ついでに、キヨヒメの眉毛や睫になる毛を、むーみぃ人形から貰って来てくれるように頼んだ。むーみぃにとっては大事な髪の毛だが、恩人のキヨヒメのお役に立つことなので喜んで承知してくれていた。
{おおっ、オッさん、出迎え、サンキューよ} さすがのキヨヒメも、少し緊張気味だ。まあるい顔立ちが、あちこちで歪んでいる。まるで、ヘタな整形手術を暗示させるようで不気味だった。
{オッさん、今日は大丈夫だろうか?}
オレも手術のことは、よく知らないが、今日の手術は、ほとんど外側ばかり。失敗した所で大したことはあるまいと鷹を括っている。他人事だから、こうも冷静になれるのだろう。何とも冷たい他人の心。まあ、単なる知り合いなのだから、誰でもこの程度のものだろう。
オレは、壷阪観音はんは盲目の者でも治す名医だと言って安心させる。キヨヒメにしては、そんなことは百も承知だ。観音はんの事は、オレの何100倍もよく知っている何にしろ、彼女は観音はんのお膝元で暮らしているのだから、しよっちゅう耳にタコが出来るほど聞かされていることだろう。彼女は、オレの保証も欲しいのだ。皆から大丈夫だと言って欲しいのだろう。
彼女には、サヤカの荷台のダンボール箱の中に入って貰い、42号、24号を引き返した。橿原神宮で、キヨヒメと井戸ッカの初対面があった。井戸ッカは少し震えていたが、息を吹き掛けて貰った途端、態度が大きくなった。恐いものが一つ無くなったからであろう。そのまま高市郡の壷阪寺へと向かう。
もう真っ暗闇である。オレは、サヤカと駐車場で待つことにした。ゴキオーラには手術の立合人として、オレの代わりに付いて行って貰った。ぼんやりと待っている時間は長かった。
サヤカも辺りに人家があるので、話しかけては来ない。周囲1km以内に、オレ以外の人間がいると話が出来ないのである。オレは煙草を何本も吸った。どんな腹や姿に出会うのか不安でならなかった。井戸ッカの奴は少々笑っても堪えないだろうが、キヨヒメの場合どう対応すればいいのだろう。もし笑い転げて彼女を傷つけたら、とんでもない災難を背負うことになる。ここは、意地でも澄ました顔をしてやらねばならぬ。とんでもない事に付き合ったものだ。
ゴキオーラが飛んで帰ってきた。大成功だという。その途端、ひっくり返って笑い転げてしまった。
ああ、やっぱり!
彼らが帰ってくるのが恐かった。ここは一つ、Oさんのため、家族のために一踏張りして笑いを噛み殺すことにしよう。やがて、キヨヒメと井戸ッカの姿が見えた。オレは、なるべくキヨヒメの姿を見ないようにしていた。
{オッさん、鏡、鏡!}
オレは待っている間にヤッタールを呼んでいた。右にM回、左にN回、また右にX回磨くと現われてくれる鏡の精だ。オレは彼女が鏡を見ている間、井戸ッカの出ベソを見た。信楽狸のドン・ガラッキーの大出ベソを見慣れているので、そう可笑しくもなかった。ゴキオーラの奴は、もうすっかり澄ました顔をしている。さすがに地球に3・5億年も住み続けているだけあって世渡り術は大したものだ。オレはチラッとキヨヒメを盗み見た
ブッ! ヤバー!
すぐ咳をしているように誤魔化した。彼女は鏡に見惚れているので気づかない。ヤッタールが術を掛けている最中なのだろう。井戸ッカはテレパシー通信で早速、誰かと話しているのだろう。己の世界に閉じこもったままだ。
{オッさん、どう?}
<ギャハハハハハッ!!!>
ひっくり返って笑いたい心境だ。しかし、ここで笑っては災難が孫・子の代まで降り掛かる。キヨヒメを、そんな姿に変えたのも元はと言えばこのオレの思いつき。
ここは、女が子供を生み落とす心境で、辛抱、辛抱!!
{いいんじゃない。いいよ。こりゃ、いい!}
もう、破れ被れだ! 何でも喋ってやれああ、見慣れるまでに、こりゃ時間が掛かりそうだ。
でも、いいか! 次に会うのは何時のことになるか、わからないのだから。
長居をしているとボロが出そうなので、皆を促して帰路についた。井戸ッカを送ってわが家に帰る。キヨヒメが、道成寺に帰りたいと言うので、コロに送らせることにした。コロも蛇は余り好きではない。古い掃除機のホースが余っていたので、適当な長さに切り、キヨヒメに中に入って貰い、両側をガムテープでしっかりと止めコロに括りつけてやったコロは空も飛べるのである。コロはキヨヒメを乗せて空に垂直に舞い上がり道成寺へと消えていった。
その途端、オレは腹につかえていた笑いを一遍に吐き出した。キヨヒメの真剣な願いを笑いに変えるこの態度、本来許されるべきものではないのだろう。それに言い出しっぺはこのオレなのに!
あーあ、許せ! キヨヒメ殿。
つづく