PTA?ってなぁに??って考える”おやじ”のブログ (随時更新中!?)

PTA活動に関わりを持ってみる皆さん・・好きな方も嫌いな方も・・お父さんもお母さんも・・ちょっとPTA談義しませんか?

20160831 明日という日は当たり前ではない!それを教えてくれた仲間がいました・・・

2016-08-31 23:59:59 | 2016 自身の思い(自分ネタ?)

わたし

は今日の

一日を

大事に

生きた

ろうか

 

みつを

 

生きた・・・

大事に生きた・・・のと

無難に過ごした?のは

違うのかなと思います。

人生の中で・・・

たった一日しかない・・・

この今日という一日・・・

この日・・・

この時間を・・・

大事に過ごすコトが出来たのかどうか?

 

自問自答ですね!?

その答えは・・・

自分自身が・・・

実は、一番よぉ~くわかっている・・・

 

とはいえ・・・

大きなくくりで言えば・・・

次の日の朝を無事迎えられた・・・

これだって?

十分にいのちのリレーを・・・

今日から明日へ伝えた!っていう?

実績にはなっているんだと思います。

それが・・・

当たり前ではなく、自身の自覚としてあるのであれば(@_@)

命日のある8月が終わりました。今日を大事に!ですね・・・

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20160830 かんのんさま・・・私の目の前には、こんな観音様が・・・

2016-08-30 23:59:59 | 2016 自身の思い(自分ネタ?)

      かんのん讃歌

     アノネ

    かんのんさまが

   みていてくれるよ

  なにもかも

 みんな承知でね

かんのんさまが

みていてくれるよ

いいわけやべんかい

 なんかしなくてもね

  かんのんさまが

   ちゃんとみていて

    くれるよ

 

        みつを

 

 

ちゃんとみていて・・・

これって・・・

逆を言えば?

いつもみられている!っていうコトですよね。(@_@)

 

いいわけ・・・

べんかい・・・

そんなコトをしても真実は一つ!っていうコトですね。

怖いです。

 

そう言えば、こんな鏡の話を・・・

まさにおっかないですね。(苦笑)

 

浄玻璃の

鏡のまえに

立つまでは

秘めておきたし

 あのことも

 このことも

  みつを

 

浄玻璃の鏡
地獄の閻魔王庁にあって、亡者が生前に為した善悪総ての所業を映し出すという鏡のこと。
おっかない鏡ですね。 

 

 

人だから・・・

にんげんだから・・・

間違いのない人っていないのかなぁって・・・

少なくとも?

私は、どうも間違いばかり(苦笑)

 

かんのんさま・・・

私のすぐ近くにもかんのんさまが・・・

こんな風に見られているんですね。

 

この観音様も80歳になられました。

今年は、生誕?建立?80周年の節目の年です。

いつも一緒に・・・

いつもいい意味で見守られて・・・ですね。

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20160829 日常と違う場所で・・・いろいろと頭の中でぐるぐる・・・と

2016-08-29 23:59:59 | 2016 自身の思い(自分ネタ?)

   にんげんは

  ねえ

 生きている

とねえ

 みつを

 

 

生きる・・・

いのち・・・

 

にんげん・・・

 

そんなモノを感じる時間を過ごしています。

 

衣食住・・・

 

当たり前にあるモノ・・・

 

当たり前ではないモノ・・・

 

当たり前のモノが当たり前で無くなった時・・・

 

 

 

 

にんげん・・・って

 

いきている限り?

 

喜怒哀楽もあれば・・・

 

いきているコト=悩みの?日々でもあるのでしょうか??

 

う~ん・・・

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20160828 麗老という言葉・・・その意味と相田みつを氏の思い・・・

2016-08-28 23:59:59 | 2016 自身の思い(自分ネタ?)

麗 老

 

 

れいろう?

こういう時は、検索、検索・・・

相田みつを氏のモノでありました。(@_@)

 

「一生感動一生青春」を人生の旗印として生きた相田みつをは、

平成3(1991)年12月に67歳で急逝しました。

書家として詩人としてこれからが円熟期という年齢でした。

その短い晩年を代表する作品が「麗老」です。

文字通り、麗しく老いるという意味の「麗老」は、

相田みつをの造語で、亡くなる直前に集中的に書かれました。

生涯の最後を飾るこの言葉には、どのような思いが込められていたのでしょうか?

 

以下 相田一人氏の言葉です。

第1811回「麗老」

私の父、相田みつをが晩年さかんに書いていたのが「麗老」という言葉です。
大正13年に生まれ、平成3年に67歳で突然亡くなった父ですが、
自分の書はまだまだこれからだといつも話していました。

「麗老」はどの辞書にもない、父の造語です。
そしてその背景には、ある作品が浮かんできます。
「一生勉強 一生青春」という作品です。
これは父の座右の銘のようでした。
私から見ると、父はこの言葉の旗を振り続けながら67歳の生涯を駆け抜けていったように感じます。
「年をとると、心も体も硬くなる。でも精神だけは若くありたい」と言っていました。

ある時、父は、アトリエの庭に生えているたけのこの長さを物差しで測り、
早いものは一日で60センチも伸びることを知りました。
そのことを詩に書いていますが、そこには「たけのこが伸びるのはやわらかいから 固くなると伸びが止まります」「やわらかい心を持ちましょう 若竹のような」という一節があります。
これが「一生勉強 一生青春」につながったと思います。

父が「麗老」という言葉に出会うまでには長い時間がかかっています。
30代のころの作品に、
「毎日毎日の足跡がおのずから人生の答えを出す きれいな足跡にはきれいな水がたまる」というのがあります。
また同じような作品に「そのうちそのうちべんかいしながら日がくれる」とうのもありますが、
どちらもちょっと怖いですね。
父は30代のころから「老い」ということを考えていたのです。 
  
父の作品の大きな特徴は、人間の弱さを認めていた点にあると思います。
「むりをしないでなまけない わたしは弱い人間だから」という作品にそれが表れています。

「麗老」という言葉は、父がある時尊敬する故郷の女性医師と会い、
70歳を超えているその人の後ろ姿に凛とした気高さを見て浮かんだ言葉だといいます。

日本は高齢化社会になり、これからますます「麗老」の人達が増えてきます。
この時代に、父の言葉がより多くの人に読まれるといいなと思っています。

 

 

麗老・・・

 

私自身も・・・

 

深い言葉ですね。

コメント (1)
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20160827 第20回ろうそく祭り 高崎観音山万灯会・・・雨の中でしたが開催しました。

2016-08-27 23:59:59 | 万灯会(ろうそく祭り)

子供へ一首

どのような

道 を

どのように

歩くとも

いのちいっぱい

に生きれば

いいぞ みつを

 

 

いのち・・・

いのちのともし火?

まさに万の灯りが・・・

 

万灯会・・・

8月27日の夜・・・

雨の中での開催になりました。

 

報告の掲載を・・・

 

万灯会のFBを引用して・・・

自身のFBと

https://www.facebook.com/osamu.mimura.5

 

自身の会社FBへ・・・

https://www.facebook.com/MimkoMsStyle/?hc_ref=PAGES_TIMELINE

 

もうすっかり実名入りですね。(苦笑)

 

個人情報と騒がれていますが・・・

FBでは?

逆に?もっと?

個人で個人情報を流出?状態??(苦笑)

この話をすると長くなりますね・・・

いずれ、第20回ろうそく祭り 高崎観音山万灯会・・・その幕を閉じました。

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