きこえていたラジコ音声、ふと消える。 まさかや 楽しみにしていた砂鉄とヒコロヒー。
と書くときヒコロヒーでよかったのかヒロコヒーだったか検索するよくあるパターンが。
もとい それで実はキョコロヒーを二、三度見たぐらいのヒコロヒーなのだけれど、先ほどe+にヒコロヒーとRHYMESTERを登録した。王林もすきだが舞台は別に見たいと思わないので登録しない。いまさらのRHYMESTERもたぶん見にいくことはないだろう。
ラジコが消えたのはたぶん昨夜聴き始めてからポーズにしてそれからなんたらかんたら。加筆 → 聴取時間制限があるのです。
とりあえずきこえていた数分の中でもおふたりの言葉へのこだわりはかなり強いことが見える。逆であります。ことばを大切にしてるからすきなんです。
が、
が、
が、プレ金ナイトのオープニングは、ひとふしプレ喋りののち次の言葉で始まるのである。 あ、 オープニングがはじまるって言っちゃってる。
さあ、それでは、47回目の放送を始めてまいりまあす!
始める。始めていく。
する を していく とあたりまえのようにおっしゃられちゃう、よくある、とーってもよくある、近年のことばの変遷の ほんのほんのひとつである。早く慣れてほしい慣れちまいたい!のにまだまだとうぶんむりそな一例についについ触れてみたものであります。
上のオープニング宣言確認のため念のためさせていただいた検索にてラジコで聞けなくなったとこをYouTubeで聴けることが判明し、こののちあるきながら聴いていく。左記の聴い『ていく』はどうなんだかもうどうでもいい。
*** 走っていく。論破していく。もんだいありません。どの種の動詞について『ていく』がイヤなのかに触れるげんきありませんのー。吐き捨てですー。