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菅谷館跡
鎌倉時代の御家人・畠山重忠の居館
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畠山重忠公像
重忠は源頼朝の家臣で戦では先鋒を務めるほど重用された。しかし3代将軍・源実朝の代に北条氏に討たれている。
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嵐山史跡の博物館
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企画展「道灌の時代~戦国時代は関東から始まった~」
期間:12月6日(土)~平成27年2月22日(日)
「15世紀後半から16世紀前半の関東は、室町幕府とその地方機関である鎌倉府という権力の二重構造が引き起こした争乱の時期であり、その争乱の終焉とともに始まる新たな支配体制へと向かう時期でもあります。」(公式より)
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太田道灌所用 漆皮軍配
枠は鉄製、そこに革を張り全体に漆を塗っている。表面に朱漆で梵字や月・干支を表す。
道灌が奥州に赴く際に常陸国総社宮に奉納したと伝わる。
大円寺古天明霰釜
室町時代に天明にて作成された釜。胴に26段の霰文を表す。
太田道灌が茶の湯の際に愛用したと伝わる。
宗祇堺流連歌伝授巻(長六文)
文正元年(1466)武蔵国五十子陣にて長尾孫六に与えた連歌論の書状。
当時の関東は享徳の乱の最中であり、五十子には山内上杉氏の陣所があった。
宗祇は関東に赴き地元の武士達と連歌を行い親交を持った。
河越千句
文明二年(1470)太田道真主催の連歌会のこちらは享和元年(1801)の写し。
この連歌会は正月10日から3日間行なわれ、参加者は道真の他に連歌師・宗祇、連歌七賢のひとり心敬、その弟子で後に宗祇に師事した興俊(猪苗代兼載)他10数人。この会には参加していないが太田道灌も父・道真同様に宗祇と知り合いであった。
太田道灌の漆皮軍配は2007年にレプリカを見たのですが、今回モノホンを拝見できて良かったです。
本物の展示は年内(2014年)までで、来年(2015年)からレプリカ展示と知って慌てて行ったのは内緒ですw