吉川史料館
吉川広家と経幹展
期間:6月18日(木) ~ 9月13日(日)
吉川広家所用 太刀 一文字吉家
全長82.7cm。鎌倉時代末の作。
吉川広家が豊臣秀吉の形見として与えられた。秀吉筆で「きつかうしゝう(吉川侍従)」の紙札が付く。
覚書 吉川広家筆
慶長19年(1614)11月11日付。大坂冬の陣出陣の日、久々の戦を前に広家が書き残した1通。
その中に石田三成の事が記されており、豊臣秀吉の死後に遺品分があったが広家は知らず。後に広家が石田三成に尋ねたところ、忘れていたと言って太刀を渡されたと言う。この太刀が上記の一文字吉家かと思われるが、この件なども広家と三成の不仲の理由かもしれない。
勝軍騎馬尊像
厨子に納められた小さな仏像で、吉川広家が祖父・毛利元就より贈られたもの。
広家はお守りとして12歳の出陣以来常に戦場に携帯したとされる。
吉川家ゆかりの場所をひとつ
吉川家墓所
吉川広家墓
初代岩国藩主
みみずくの手水鉢
芸州浅野家の家老で茶人として有名な上田宗箇が広家に贈った手水鉢。
誰ケ袖の手水鉢
元は小堀遠州が作らせたもので、その子孫が所持していたが弘化3年(1846)頃に吉川家に贈られた。
実物はその後毛利家に贈られ、こちらはその写しとされる。
12代・吉川経幹と正室の墓
慈光院墓
吉川元春の正室で広家の生母。
2代・吉川広正と正室(毛利輝元娘)の墓
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