2024年のノーベル物理学賞は人工知能(AI)の基盤技術を開発したジェフリー・ヒントン氏と
ジョン・ホップフィールド氏が受賞する=ロイター
人工知能(AI)技術の基盤となった甘利俊一・東京大学名誉教授による1972年の論文は、眠り続けて王子のキスで目覚めた「眠り姫」に相当する――。
甘利氏がノーベル賞を受賞できなかった背景を、東京大学の大学院生の東出紀之氏と友清雄太氏らが論文の引用された状況などを分析した。
12月10日、ノーベル賞の授賞式がストックホルムで開かれる。物理学賞は米プリンストン大学のジョン・ホップフィールド名誉教授とカナダ・トロント大学のジェフリー・ヒントン名誉教授の2氏が受賞する。
2024年のノーベル物理学賞の受賞が決まったホップフィールド・米プリンストン大学名誉教授
多数の神経細胞がつながった脳をモデルにしたニューラルネットワークをもとに機械学習を実現した業績が対象で、ホップフィールド氏は1982年にその基礎となる「連想記憶モデル」を発表、ヒントン氏はこれを発展させて手法を確立し、世界的なAIブームを巻き起こした。
ホップフィールド氏に先立ち、甘利氏がニューラルネットワークの学習機能を高める手法を発表した。
選考したスウェーデン王立科学アカデミーはその論文を重要な先行研究として取り上げている。このため研究者の一部に「受賞者に甘利氏が入っていてもおかしくなかった」との指摘が出ている。
技術経営戦略を専攻する東出氏らは、科学出版大手のエルゼビアが保有するデータベースを利用し、特に注目されている72年の甘利氏の論文と82年のホップフィールド氏の論文を対象に被引用件数の推移を調べた。23年までの被引用数は甘利氏の272件に対しホップフィールド氏は1万2830件と約47倍の差があった。
甘利論文の被引用数は発表後20年近く数件と低調だったが、90年に12件と初めて10件を超えて引用されるようになった。
ホップフィールド論文に注目が集まったことがきっかけとみられる。甘利論文を引用した論文の約66%がホップフィールド論文を引用していたが、ホップフィールド論文を引用した論文で甘利論文を引用している論文は1.4%にとどまった。
分析チームは「甘利氏の論文はニューラルネットワーク分野の研究で眠り姫に相当し、ホップフィールド氏の論文は姫を起こした王子に例えられる」と説明している。
ニューラルネットワークで先駆的な成果を残した甘利俊一・
東京大学名誉教授=2005年撮影
また友清氏らは甘利、ホップフィールド両氏とそれぞれ一緒に論文を書いた研究者のつながり具合を調べた。
被引用数の多い共著論文の協力者を抽出すると、甘利氏は情報工学や神経科学分野の著名な研究者が目立った。一方ホップフィールド氏は、米大学に所属する物理系の大物研究者が多かった。
ノーベル賞では、画期的な研究を最初になし遂げた点とともに、業績を残した分野の研究者集団の中で認められているかどうかが選考を左右するといわれる。
協力関係にある研究者グループの違いが、ノーベル物理学賞の受賞で甘利氏とホップフィールド氏の分かれ目になったのではないかと、分析チームはみている。
(永田好生)