トランプ氏の長男は7日、グリーンランドにプライベートジェットで「観光客として」訪れた=ロイター
トランプ氏が米大統領に復活するまで、約1週間となった。就任前から19世紀の帝国時代を思わせるような発言を連発し、さっそく各国に波紋を広げている。
デンマーク領であるグリーンランドの購入、中米のパナマ運河の返還をトランプ氏は重ねて求め、両国に圧力をかけている。先日の記者会見では、獲得に向けて軍事力や経済力を使うことも排除しない考えをにじませた。
同盟国より大国中心の世界観
いじめとしか言いようがないこうした態度を、どう受け止めればよいのだろうか。
主要国の当局者らの間では、2つの反応が飛び交っている。1つ目は、彼の発言が「はったり」であり、相手国から譲歩を得るための駆け引きに過ぎないとの見立てだ。
トランプ氏といえども、グリーンランドやパナマ運河を本気で獲得できるとは考えていない。それらの一部利権をしぼり取るため、デンマークやパナマに高めの要求をふっかけているという分析だ。
もう一つは、彼が半ば本気だとの仮説だ。国際政治は大国が牛耳るものであり、小さな国々は従うべきだとトランプ氏は考えている。この信念に基づき、真剣に獲得を目指しているという解釈だ。
少なくとも彼の世界観は、後者だと考えた方がいいだろう。これまでも世界の主要課題について同盟国の頭越しに、大国主導で対応する発想が鮮明だからだ。
ロシアのプーチン大統領㊧と会談する前大統領時代のトランプ氏(19年7月、大阪市)=ロイター
例えば、ウクライナにおける停戦問題である。バイデン米政権は北大西洋条約機構(NATO)の欧州諸国と密に連携し、ロシアの侵略に対応してきた。
トランプ氏の手法は逆だ。ロシアのプーチン大統領と直接交渉し、停戦を果たそうとしている。欧州の同盟国と事前に政策をすり合わせようとする形跡は、今のところうかがえない。
不動産ビジネスで培われた本能
北朝鮮問題にも同じことがいえる。日米韓の協調によって暴発を封じ込めるよりも、トランプ氏は北朝鮮とのトップ会談で突破口を開こうとするだろう。
彼は金正恩(キム・ジョンウン)総書記から届いた書簡を「美しいラブレター」と呼び、秋波を送る。金氏が好きだからというより、強権で国を掌握する大事な交渉相手とみているからに違いない。
世界は第2次世界大戦の惨禍から国連憲章を定め、規模の大小にかかわらず、すべての国が国際ルールを尊重する原則を掲げた。それにより力ではなく、ルールに基づく秩序を保とうとしてきた。
しかし、国際社会は倫理やルールではなく、力関係がものをいうジャングルだというのがトランプ氏の世界観だ。仁義なき不動産ビジネスで培われた本能であり、今後も変わらないだろう。
そうだとすれば、トランプ時代の再来により、世界は「新ヤルタ主義」に覆われることになる。
第2次大戦末期の1945年2月、米英ソの首脳であるルーズベルトとチャーチル、スターリンがクリミア半島のヤルタに集まり、密約を交わした。
ドイツの分割占領、ソ連の対日参戦、南樺太や千島列島の扱い……。米英ソで戦後の勢力圏を定め、国連の創設も決めた会談だった。戦後の世界は、ほぼその通りに動き出した。
こうしたヤルタ的な大国外交を、トランプ氏は望んでいるフシがある。デンマークやパナマに強圧的な態度をとり、同盟との結束に重きを置かないのも、その表れと考えれば符合する。
「彼はヤルタ人間だ」
新ヤルタ秩序の復活を最も願っているのが、ロシアのプーチン大統領だ。NATOの欧州諸国を脇に置き、トランプ氏との交渉でウクライナの命運や欧州の勢力図を決めたがっている。同盟国の利益は置き去りにされてしまう。
昨年12月13〜15日、アラブ首長国連邦(UAE)で開かれた世界政策会議でも、トランプ外交への懸念が会場に色濃く漂った。
「トランプ氏が(プーチン氏との)取引路線に走れば、欧州にとって最悪のシナリオだ。欧州の安全保障が犠牲にされかねない」。ドイツのレットゲン連邦議会議員はこう訴えた。
韓国の元高官も「トランプ氏が北朝鮮首脳と交渉する可能性があるなら、韓国と極めて緊密に協議してほしい」と強調した。
英スパイ機関、秘密情報部(MI6)のヤンガー元長官は2024年11月、英フィナンシャル・タイムズ紙のポッドキャスト番組で、危機感をあらわにした。
「トランプ氏は徹頭徹尾、ヤルタ人間だ」。こう指摘し、大国の利益を優先するような世界観は「英国の利益と根本的に相いれない」と批判した。
もっとも、トランプ氏の大国外交には驚くべき成果を生む可能性もある。だが、禍根を残す危険はさらに大きい。
プーチン氏や金正恩氏の任期はないに等しいが、トランプ氏に与えられたのは4年だ。ウクライナ停戦や北朝鮮問題で功を急げば、専制体制の相手に有利な決着にならざるを得ない。
対中戦略も不透明に
さらに注意すべきなのは、米中関係の行方だ。
次期トランプ政権には対中観が異なる側近グループがひしめく。ルビオ国務長官(候補)をはじめとする対中強硬派、マスク氏に代表される大富豪の「起業家」閥、バンス副大統領を中心とする国内最優先派である。
中国事業で大きな利益を上げるマスク氏が、対中強硬路線に乗るとは想像しづらい。国内最優先派は中国を警戒するが、巨額の国防費を注ぎ、アジアへの軍事関与を深めることには慎重だ。
「水と油」ともいえる側近群を、トランプ氏はあえて懐に抱え込んだ。強硬と融和のどちらにも転じられる体制を敷き、中国を揺さぶる狙いだ。
不動産売買と外交には大きな違いがある。前者は商談の末、契約を交わせば一区切りとなる。外交は1回のビッグディールで終わるわけではない。
焦るトランプ氏が両者を同じように扱えば、失敗に終わり、歴史からしっぺ返しを受ける危険がある。
秋田 浩之
長年、外交・安全保障を取材してきた。東京を拠点に北京とワシントンの駐在経験も。国際情勢の分析、論評コラムなどで2018年度ボーン・上田記念国際記者賞。著書に「暗流 米中日外交三国志」「乱流 米中日安全保障三国志」。