中国の対米報復関税によって米国の主要な農作物に価格下落圧力がかかっている。
綿花は約4年ぶりの安値をつけ、大豆など穀物も軒並み値下がりした。中国の輸入業者が米国産の調達を減らす可能性があるからだ。トランプ米大統領は米農家に対し、中国との取引成立まで「痛み」を我慢するよう求めているが、不満の矛先が自身や与党・共和党に向かいかねない。
中国政府が報復関税を発表した4日、指標となる先物価格が軒並み下落した。例えば15%関税の対象となった綿花。
ニューヨーク先物(第2限月)の価格は一時1ポンド62.54セントまで下落し、新型コロナ禍で需要が落ち込んだ2020年8月以来の安値圏にある。10%関税対象の大豆もシカゴ商品取引所の先物価格(中心限月)が一時2カ月ぶりの安値をつけた。
市場が「売り」で反応したのは、第1次トランプ政権時の記憶があるからだ。
当時、中国が米国産綿花に報復関税を課すと、米国は対抗措置として中国産絹糸や繊維品に関税を上乗せした。米中の争いが世界的な需要の減退を招き、値下がり圧力につながった。大豆についても18年、米国から中国への輸出が一時ゼロとなり、価格低迷を招いた経緯がある。
中国は18年の貿易戦争以降、米国以外から農作物の調達を増やしてきた。例えば大豆は24年、ブラジルからの輸入量が全体の70%を超え、米国産は2割にとどまった。
16年当時、両国のシェアは4割程度で拮抗していた。綿花もブラジル産の輸入が増えており、米国産に関税をかけやすい状況だ。
今回の関税措置によって米国産の農作物は競争力をそがれ、シェアをさらに奪われかねない。南部ケンタッキー州の大豆農家で米国大豆協会幹部、カレブ・ラグランド氏は声明で「18年貿易戦争の悪影響から完全に回復していない」と指摘したうえで、「農家の経済的困窮を一段と悪化させる」と懸念した。
カナダやメキシコとの関税応酬も農家には逆風となる。米国最大の農業団体である米農業連合会によると、肥料の主要成分カリは、総供給量の8割をカナダからの輸入に頼っているという。
同連合会は生産コスト上昇と輸出需要の縮小を招くとして、トランプ政権に関税政策の見直しを求める声明を出した。
「(1期目の関税合戦に続き)再び我慢してもらうだろうが、今回はさらによい結果をもたらすだろう」。トランプ氏は4日の施政方針演説でこのように訴え、米農業従事者に理解を求めた。
政権1期目は交渉の末、中国から500億ドル(約7.4兆円)規模の米国産農作物の購入を取り付けた。
2期目の「ディール」にも自信を示した形だ。自身のSNSでは輸入農作物への関税引き上げを示唆し、国内向け生産を強化するよう呼びかけた。
中国が前回と同様、トランプ氏の要求に応じるか見通せない。米国産農作物への依存度が低下しているほか、関税戦争の再来に備えて手元在庫を積み増していたとみられる。
24年の大豆輸入量の総計は1億500万トン超と前年度から6.5%増えた。直近10年間で最大だった。
米連邦議会は約1年半後の26年11月に中間選挙を控える。
大豆の主要産地である米中西部や、綿花生産が盛んな米南部は、伝統的に与党・共和党が強い。24年の米大統領選でもトランプ氏勝利に貢献したエリアだ。
農作物の価格下落が長引けば、農家の不満は政権と与党に向かう。支持基盤を揺さぶることで、交渉を有利に進めたい中国の思惑が透ける。
(鈴木茉央、佐藤未乃里、ニューヨーク=西邨紘子)
【関連記事】
※掲載される投稿は投稿者個人の見解であり、日本経済新聞社の見解ではありません。
今村卓
丸紅 執行役員 丸紅経済研究所社長・CSO補佐
分析・考察
トランプ氏が米農家には「我慢を」、米消費者には「多少の混乱はあるだろう」と追加関税のコストを認め始めたことが気がかりです。
どちらも「大きなことを行っているからやむを得ない」「我々はそれでOKだ」。
農家向けは中国との大掛かりなディール、消費者向けは製造業と労働者階級の復権という目的を定めて使命感に駆られ高揚感に酔い、農家と消費者に掛かる負担の重さを軽視し始めた油断を感じます。
問題は農家や消費者がどこまでトランプ氏に政策選択を託しているか。支持率はそれほど高くないだけに、農家は経営悪化、消費者はインフレ再燃の懸念を抱くようになれば、トランプ政権に「話が違う」と強い不満を示す可能性があると思います。

トランプ関税政策のキーワードは「我慢」の様だ。
米国産大豆や綿花へ中国が報復関税をかけたが、アメリカは、逆に中国産絹糸に関税をかけて戦うという。必ず勝つからそれまで我慢してくれというチキンレースだ。
中国の報復関税は当然予想されていたが、今はブラジルというマルチな農産物輸出国が世界市場の盟主となっている。
アメリカが勝つ保証はない。逆に第一次トランプ政権時同様、中国市場を失うだろう。
米国農民が我慢しても生産量は減るだけとなる。カナダのカリ肥料にも関税をかけたら農家は踏んだり蹴ったりだ。
それでも俺を信じて我慢しろというのがトランプ流か?当然、中間選挙に影響するだろう。
日経記事2025.3.10より引用