住友商事は第1タンロン工業団地と北ハノイスマートシティーで再生可能エネルギーの導入などを進める
(写真は第2タンロン工業団地)
【ハノイ=新田祐司】
日本企業がベトナムで風力発電など脱炭素投資を加速させる。
日越政府は5日、住友商事や丸紅などが最大100億ドル(約1兆5000億円)規模の投資を検討する洋上風力発電など14件の投資案件について、早期に事業化させることで合意した。
投資総額は最大200億ドル(約3兆円)規模を見込む。
在ベトナム日本大使館や日本企業が5日、ベトナム商工省の代表者らと会合を開いた。日本大使館の伊藤直樹大使と商工省のグエン・ホアン・ロン副大臣が出席した。
ベトナムに環境負荷の低いエネルギーを安定供給するための投資案件を精査し、早期に事業化する投資案件を14件選んだ。
ロン氏は発電所や送電網整備の方針を示す「第8次国家電力開発基本計画」(PDP8)を3月中に改正すると明かし、エネルギー開発には「両国に大きなチャンスがある」と強調した。
今回、早期事業化の対象になったプロジェクトのうち、想定される投資規模が最大なのは、丸紅や住友商事、熊谷組などが検討する洋上風力発電所の建設計画だ。
日本側は、投資額が複数の洋上風力発電所の合計で最大100億ドルになると説明した。
ロン氏は会合で、北・中・南部の海域ごとに洋上風力発電所の発電容量を定める方針を示すなど、洋上風力の活用に前向きな姿勢を見せたという。日本企業への海域調査の権利付与を示唆したともいう。
再生可能エネルギーでは当面の電力需要をまかなえないベトナムの実情を勘案し、段階的に脱炭素を達成するためのエネルギー移行も支援する。
液化天然ガス(LNG)火力発電所の建設では、東京ガスと丸紅が北部地域で、住友商事が中部地域で進めるプロジェクトなどがある。
南部地域では三井物産系の三井エネルギー資源開発が権益を持つ天然ガス田で採掘したガスを火力発電に生かす。いずれも投資額は20億〜25億ドルとなる見通しだ。
IHIは国営ベトナム電力公社(EVN)と石炭火力発電所へのアンモニア混焼を進める。EVNグループは国際協力銀行(JBIC)の融資を活用し、各地で送電網整備も急ぐ。
いずれのプロジェクトも日本の低炭素技術や資金を活用する。対象案件は、プロジェクトの進捗を日越で管理する方針だ。ベトナム側からは課題が見つかり次第、双方の実務者が迅速に協議して解決をめざす意向があったという。今後、改正PDP8を踏まえ、対象案件を追加したり、入れ替えたりする可能性もある。
早期事業化の対象に選ばれた案件には、投資決定前のプロジェクトもある。事業環境が急激に変化したり、競合企業が魅力ある投資計画を提案したりして、日本企業が投資できなくなる可能性が残る。
日本側には今回の日越合意を後ろ盾に、投資決定に向けた交渉を優位に進めたい思惑もあるとみられる。
日越合意はベトナム側からの呼びかけが発端だ。背景には、瀬戸際に立つベトナムの電力事情がある。昨年8月に発足した共産党の新指導部は、国内総生産(GDP)の8%成長を目標に掲げるなど経済優先を鮮明にする。
一方、電力需給は逼迫し、経済活動の足を引っ張る。さらに、50年のカーボンニュートラルも宣言した。
経済成長と電力確保、環境負荷の軽減。相反する3要素の並立に悩むトリレンマの解消に向け、低炭素技術を持つ日本企業と利害が一致した。
日本政府は「アジア・ゼロエミッション共同体」(AZEC)構想で、東南アジアの脱炭素を支援してもいる。伊藤大使は「今回の合意で日越の協力関係は新たな段階に入った」と話す。
近年のベトナム製造業では、韓国勢や中国勢の大型投資が目立っていた。ただ、製造業を支えるエネルギー分野では日本企業の存在感はなお高い。投資規模も大きく、地域の雇用改善が期待できる。
一方、ベトナムでは発電所建設などの大型案件に対し、十分な政府保証がなく、金融機関による融資が難しいなどの問題が残る。電源整備は長期間にわたるだけに、官民一体で粘り強く交渉を続けて日越合意を成果につなげる必要がある。
日経記事2025.3.10より引用