NATOのルッテ事務総長は、オランダの首相を14年務めた経験がある=ロイター
北大西洋条約機構(NATO)事務総長として欧州とトランプ次期米大統領との橋渡し役を務めるのが、2024年10月に就任したルッテ・オランダ前首相だ。トランプ氏が欧州の安全保障にどこまで関与するかは見通せない。
欧米の結束を維持するための調整力が期待される。
「心と政治的意志を注ぎ欧州と北米が協力すれば、できないことなどない」。24年12月12日、ルッテ氏はNATO本部のあるブリュッセルでの講演でこう強調した。
有事に加盟国を守らない可能性に言及するなど、NATOに懐疑的な発言を繰り返すトランプ氏が念頭にある。24年7月まで務めたオランダ首相時代から面識のあるルッテ氏の最大の任務は、トランプ氏率いる米国をNATOにつなぎ留めることだ。
世界最大の軍事同盟であるNATOには32カ国が加盟するが、米国の資金拠出額や欧州に配備する兵隊、兵器の貢献度は大きい。
トランプ氏はかねて欧州の加盟国の貢献が少ないと不満を口にしてきた。
トランプ氏が大統領選に勝利した直後の24年11月22日、ルッテ氏はすぐに米フロリダ州パームビーチに赴き、トランプ氏と足元の安全保障情勢について話し合うことに成功した。
ロシアのウクライナ侵略を巡り「よくないディール」をすれば長期的にロシアだけでなく中国やイラン、北朝鮮を利すると説いた。
事務総長は加盟国の文民代表からなる最高意思決定機関・北大西洋理事会の議長を務める。NATOの重要決定には全ての加盟国の同意がいる。一国でも反対すれば決定できず、調整役の責任は重い。
1961〜2009年の事務総長は外相や国防相など主に閣僚経験者が務めた。デンマーク元首相のラスムセン氏(09〜14年)、ノルウェー元首相のストルテンベルグ氏に続き、3代連続で首相経験者が就いた。
国際舞台での経験や人脈が豊富な首相級でなければ加盟国の利害調整は難しい。
10年からオランダ首相を務め、同国史上最長の首相在任期間を記録した。スキャンダルによるダメージの少なさから「テフロン加工首相」とも呼ばれたが、23年の下院選では極右政党などに敗れた。笑顔で自転車に乗って首相官邸を去った。
トランプ氏の就任早々、加盟国の国防費目標の引き上げという難題に直面する。トランプ氏対策として、国内総生産(GDP)比2%以上としてきた目標を「3%」に改める案を加盟国に打診。
ところが欧米メディアによると、トランプ氏側は早速「5%」を要求してきた。目標決定をめざす6月のNATO首脳会議まで、協議が難航するのは確実だ。
18年の訪米時のルッテ氏の気さくな人柄や交渉態度を見たトランプ氏が「この男が好きだ」と記者団に語ったとの逸話もある。
ルッテ氏は欧州各国に自発的な防衛力の強化を促しつつ、米国の関与継続をねらう。中国の脅威が高まり、日本などアジアとの協力拡大にも目配りが必要だ。
フランスやドイツなど欧州の盟主と呼ばれた大国は内政の混乱が続き、多国間調整での影響力を失いつつあると指摘される。何方面にもわたる交渉を担うルッテ氏の役割はより重要になる。
(ブリュッセル=辻隆史)