怠慢主婦 ドイツで同居 

日本食を食べなくなり義両親のしもべと化し、すでに何年になるだろう。遠い目しながら今日も行き抜いてやるぞっ

労働力不足を近隣低所得国より調達し始めている。

2017年07月19日 | カテゴリー分けするのに飽き
マケドニア人宅でのドイツ風夕食。
彼らの食習慣もこんな風に夜は冷たい食事なのかしら。
そういえば、南米も夕食はごく軽く食べる習慣だった記憶がある。
南米での経験もすでにかなり前のことになるから、いろいろな物事を忘れている。強烈な印象は、南米は現地人ではなく征服した欧州人の習慣が普通であるということだ。あの二年間でヨーロッパがどんな国々であるか想像して「欧州に住めないな」と感じたものだ。まったく、今の自分を笑える。

ロールパンはT子さんお手製。チーズと油を混ぜ込んであって、私には少々重いものだがおいしかった。
チーズもハムも、義母が買ってくる安物とは違っていた。
普段からこんなに高価そうなものを食べているのかしら、T子さん一家。移民労働者家庭より生活レベルが低いウチ。

その場にいた誰よりもたくさんパンを食べていた私を見て、T子さんは私にお土産を包んでくれた。
うほほ、嬉しいな。
「これはパンと一緒に食べるとおいしいですよ」
と、もらった「肉製パンのお供」。日本ではパテ、などと呼ばれるものだろうか。
写真の品はドイツ風ハムの一種をペースト状にしたものだ。

家に戻ってから開けてみた。
もう、香りがダメだった。我慢して口に入れても無理だった。
決して肉が嫌いなわけでも菜食主義でもない私だけれど、どちらかというと、肉食を避けるようになってしまった私だ。
義両親たちが目を輝かせて「あら、りすは嫌いなの?」と尋ねてきたので「どうぞ、食べてください」と譲った。

T子さんが言うにはマケドニアでの月収は200ユーロだったそうな。
(為替相場は常に変動しているが、ドイツでの生活感覚では1ユーロ100円だ)
平均月収まで尋ねることができなかったけれど、彼女自身の月収だったことは確かだろう。
「あれでは生活できませんでした」
と、旦那さんと一緒にドイツ移住を決めたそうな。バルカン半島からの移民は、2、30年ほど前の戦争難民以後よりかなり難しい様子だけれど、最近は労働力不足解消のために再び受け入れを始めていると読んだ。
それに乗ったT子さん一家なのだろうな。
高校生の長男はマケドニアで学校に行っている。外国の大学進学を目指している。いつ戦争になるかわからないような不安定なバルカン半島だと聞いた。
生活苦、戦乱の可能性・・・
平和な日本ではあまり想像できない事態だろう。(最近はちょいと傾向が変わってきているようだけれど)
ここでのT子さん一家の健康と生活が順調なことを願っている。