年収1000万円以上の従業員に対する成果主義賃金制度の導入が決まった。が、その運用が、能力がありバリバリ働く人のための賃金制度なのか、賃金の抑制と長時間労働に対する歯止めを外したい企業のための賃金制度なのかによって、結果は大きく異なる。その視点を明らかにしないままに安倍内閣は「力によって現状変更の試み」を強行した、と言われても仕方ないであろう。
私は、5月21日から3回連続でこの問題についてのブログを書いた。
「残業代ゼロ」政策(成果主義賃金)は米欧型「同一労働同一賃金」の雇用形態に結びつけることができるか。
この新しい賃金制度は、労働基準法の改定なしには導入できないはずだ、という論理的根拠を明らかにした。現行の労働基準法によれば、1日の労働時間は原則8時間、週40時間以内と定められている。その労働時間を超えたときは残業代が発生する。時間外労働に対する割増賃金(残業代)の割増率は25%以上だったが、長時間労働を防ぐため2010年に改定され月60時間を超える割増率は50%以上になった(中小企業は適用猶予)。なお休日労働の割増率は35%以上である。ただし上級管理職(いちおう部長以上とされているが、課長以上の非組合員も上級管理職に位置づけている会社が大半のようだ)には割増賃金の支払い義務がないとされており、一部の専門職にもあらかじめ残業代込の定額給与にすることが許されている。
問題は年収1000万円という基準を設定したことである。朝日新聞は12日付朝刊でこういうケースを例に書いた。
大手金融機関で働く30代の男性は、いまの年収が1千万円弱。想定される新制度の対象にもうすぐ届く。「残業という概念がなくなれば、会社が労働時間の管理をしなくなり、過労死が増える」と心配する。(中略)
国税庁の統計では、年収1千万円を超える給与所得者は、管理職を含めて全体の3.8%。金融業界に勤める人は高年収者が多く、新制度の対象になる人が比較的多いとみられる。
実は、このケースはちょっと考えにくい。国税庁の民間給与実態統計調査(2013年度)によれば、男性の平均年収は一応503万円ということになっているが、それは年収1億円以上の人も含めての単純平均であり、年収400万円未満のサラリーマン層が全体のほぼ半数を占めている。高学歴化が進んでいる今日では大卒30代といえば、いくら高収入者が多いとみられている金融業界のサラリーマンでも、年収1000万円というのはちょっと考えにくい。
さらに朝日新聞はおかしな「事実」も書いている。この人は今春の異動を機に「裁量労働制」(※成果主義賃金制のこと)という働き方に替わり、残業代はあらかじめ定額の賃金に含まれた結果、4月の給与明細を見て驚いたという。「毎日、午前8時から午後10時過ぎまで働き、週末も出勤した。労働時間は前の職場よりも70時間も延びた。月300時間を超えたのに、手取りはほぼ横ばい。休日手当が数千円ついただけだった」という。
もしこのケースが事実なら、この人は信じがたいほどの高給取りだったということになる。今年の4月の平日(金融機関の営業日)は、21日間。労基法で定められた労働時間は月間168時間(約170時間)である。労働時間が前の職場より70時間延びて300時間を超えた、ということは前の職場での労働時間は約230時間ということになる。残業代の対象になる時間外労働は前の職場で月約60時間だったということになる。ギリギリ労基法の懲罰的残業時間制限内で収まっていた。残業が60時間以内だったら割増賃金率は25%だが、60時間を超えると一気に割増率は50%に引き上げられるからだ。懲罰的残業時間の制限内の労働で、30代で1000万円の年収というのは、常識的に考えて、まともな企業では考えにくい。考えにくいというより「ありえない」話だ。
あるいは、こういうケースも考えられないことはない。その金融機関では従業員に対して一律に常識外の高給を与えていた場合だ。能力が高くて仕事の能率も高い従業員も、その反対に能力がそれほど高くなく仕事の能率も悪い従業員にもほぼ一律に高額の給料を支払っていたとする。そういう場合は「裁量労働制」に移行すると、能力が低く仕事もはかどらない従業員が高い給料を維持するためには、仕事の量(つまり労働時間)で給料に見合う結果を出さなければならない。「裁量労働制」は「同一労働同一賃金」を前提にした制度であり、能力が低かったり、仕事の能率が悪かったりする従業員が人並みの給料をもらいたかったら長時間働いて人並みの成果を上げなければならないのは当然だ。
朝日新聞が例に出した大手金融機関で年収1000万円弱貰っていた従業員は、たぶん後者のケースだろう。日本の企業は会社が人員整理を余儀なくされるほど経営が悪化しない限り、特定の従業員だけの給料を大幅にカットすることはできないから、無能な従業員は「裁量労働制」に移行させて、今までのような高給を貰いたかったら骨身を削って働け、という見せしめ的な長時間労働を強いたのかもしれない。それでも、何も仕事をさせてもらえない「窓際族」よりましだと思う。朝日新聞の記事がでっち上げではないとしての話だが…。
一時外食産業などで、裁量権が事実上ないのに「店長」という肩書が管理職に相当するとして残業代を支払わない企業が続出して「店長の反乱」が生じたことがある。この問題は訴訟になり、企業側が敗訴したが、ある意味では年収1000万円の壁は裁量権の有無の基準としては合理的かもしれない。国税庁の調査によれば、年収1000万円を超える給与所得者は全体の3.8%にすぎないということから考えても、たとえば従業員1000人の企業で約40人くらいはある程度裁量権を与えられていると考えてもいいと思う。実際従業員1000人の企業だったら、役員も含め上級管理職はそのくらい、いまでもいるのではないか。その人たちはすでに残業代ゼロの成果主義賃金で働いている。
ただ年功序列型賃金体系を温存したままで成果主義賃金制度を導入するのは、多少問題を感じる。また、前のブログで述べたように、この新しい制度は「同一労働同一賃金」を前提にしないと実際の適用は難しい。若いころは安い給料で能無し(とまで書くと言いすぎか?)の中高年層の生活を支えてきた、いまの中高年の給与所得者にはつらい制度だが、どこかで踏み切らないと少子高齢化問題や労働力不足問題の解決は難しい。
私は、5月21日から3回連続でこの問題についてのブログを書いた。
「残業代ゼロ」政策(成果主義賃金)は米欧型「同一労働同一賃金」の雇用形態に結びつけることができるか。
この新しい賃金制度は、労働基準法の改定なしには導入できないはずだ、という論理的根拠を明らかにした。現行の労働基準法によれば、1日の労働時間は原則8時間、週40時間以内と定められている。その労働時間を超えたときは残業代が発生する。時間外労働に対する割増賃金(残業代)の割増率は25%以上だったが、長時間労働を防ぐため2010年に改定され月60時間を超える割増率は50%以上になった(中小企業は適用猶予)。なお休日労働の割増率は35%以上である。ただし上級管理職(いちおう部長以上とされているが、課長以上の非組合員も上級管理職に位置づけている会社が大半のようだ)には割増賃金の支払い義務がないとされており、一部の専門職にもあらかじめ残業代込の定額給与にすることが許されている。
問題は年収1000万円という基準を設定したことである。朝日新聞は12日付朝刊でこういうケースを例に書いた。
大手金融機関で働く30代の男性は、いまの年収が1千万円弱。想定される新制度の対象にもうすぐ届く。「残業という概念がなくなれば、会社が労働時間の管理をしなくなり、過労死が増える」と心配する。(中略)
国税庁の統計では、年収1千万円を超える給与所得者は、管理職を含めて全体の3.8%。金融業界に勤める人は高年収者が多く、新制度の対象になる人が比較的多いとみられる。
実は、このケースはちょっと考えにくい。国税庁の民間給与実態統計調査(2013年度)によれば、男性の平均年収は一応503万円ということになっているが、それは年収1億円以上の人も含めての単純平均であり、年収400万円未満のサラリーマン層が全体のほぼ半数を占めている。高学歴化が進んでいる今日では大卒30代といえば、いくら高収入者が多いとみられている金融業界のサラリーマンでも、年収1000万円というのはちょっと考えにくい。
さらに朝日新聞はおかしな「事実」も書いている。この人は今春の異動を機に「裁量労働制」(※成果主義賃金制のこと)という働き方に替わり、残業代はあらかじめ定額の賃金に含まれた結果、4月の給与明細を見て驚いたという。「毎日、午前8時から午後10時過ぎまで働き、週末も出勤した。労働時間は前の職場よりも70時間も延びた。月300時間を超えたのに、手取りはほぼ横ばい。休日手当が数千円ついただけだった」という。
もしこのケースが事実なら、この人は信じがたいほどの高給取りだったということになる。今年の4月の平日(金融機関の営業日)は、21日間。労基法で定められた労働時間は月間168時間(約170時間)である。労働時間が前の職場より70時間延びて300時間を超えた、ということは前の職場での労働時間は約230時間ということになる。残業代の対象になる時間外労働は前の職場で月約60時間だったということになる。ギリギリ労基法の懲罰的残業時間制限内で収まっていた。残業が60時間以内だったら割増賃金率は25%だが、60時間を超えると一気に割増率は50%に引き上げられるからだ。懲罰的残業時間の制限内の労働で、30代で1000万円の年収というのは、常識的に考えて、まともな企業では考えにくい。考えにくいというより「ありえない」話だ。
あるいは、こういうケースも考えられないことはない。その金融機関では従業員に対して一律に常識外の高給を与えていた場合だ。能力が高くて仕事の能率も高い従業員も、その反対に能力がそれほど高くなく仕事の能率も悪い従業員にもほぼ一律に高額の給料を支払っていたとする。そういう場合は「裁量労働制」に移行すると、能力が低く仕事もはかどらない従業員が高い給料を維持するためには、仕事の量(つまり労働時間)で給料に見合う結果を出さなければならない。「裁量労働制」は「同一労働同一賃金」を前提にした制度であり、能力が低かったり、仕事の能率が悪かったりする従業員が人並みの給料をもらいたかったら長時間働いて人並みの成果を上げなければならないのは当然だ。
朝日新聞が例に出した大手金融機関で年収1000万円弱貰っていた従業員は、たぶん後者のケースだろう。日本の企業は会社が人員整理を余儀なくされるほど経営が悪化しない限り、特定の従業員だけの給料を大幅にカットすることはできないから、無能な従業員は「裁量労働制」に移行させて、今までのような高給を貰いたかったら骨身を削って働け、という見せしめ的な長時間労働を強いたのかもしれない。それでも、何も仕事をさせてもらえない「窓際族」よりましだと思う。朝日新聞の記事がでっち上げではないとしての話だが…。
一時外食産業などで、裁量権が事実上ないのに「店長」という肩書が管理職に相当するとして残業代を支払わない企業が続出して「店長の反乱」が生じたことがある。この問題は訴訟になり、企業側が敗訴したが、ある意味では年収1000万円の壁は裁量権の有無の基準としては合理的かもしれない。国税庁の調査によれば、年収1000万円を超える給与所得者は全体の3.8%にすぎないということから考えても、たとえば従業員1000人の企業で約40人くらいはある程度裁量権を与えられていると考えてもいいと思う。実際従業員1000人の企業だったら、役員も含め上級管理職はそのくらい、いまでもいるのではないか。その人たちはすでに残業代ゼロの成果主義賃金で働いている。
ただ年功序列型賃金体系を温存したままで成果主義賃金制度を導入するのは、多少問題を感じる。また、前のブログで述べたように、この新しい制度は「同一労働同一賃金」を前提にしないと実際の適用は難しい。若いころは安い給料で能無し(とまで書くと言いすぎか?)の中高年層の生活を支えてきた、いまの中高年の給与所得者にはつらい制度だが、どこかで踏み切らないと少子高齢化問題や労働力不足問題の解決は難しい。