2009年4月28日(火) HORIZON・尾崎さんのおススメで急遽目的地を変更し、徳島の道の駅で車中泊した朝、今日の目的地である蒲生田岬へとクルマを走らせる。
曲がりくねった狭い山道を抜け、尾崎さんに教えていただいた場所に到着。 なかなか良い感じじゃないか!
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でも風が強い。 北東の風である。 うーん、これはなかなか厳しいなあ。
天気予報によると、高気圧が近付いているというので、その影響で風が吹いている可能性もある。
ここで風待ちする? 夕方までには風が落ちて、のんびりツーリングを楽しめるかも。 でもせっかく時間もあるので、下見も兼ねて、四国最東端だという蒲生田岬まで行ってみるか。
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いやはや、なんとも。 景色は良いのだけれど、ピューピューと岬を吹き抜ける強い北東風で、これではとてもカヤックを出す気にはなれない。
急勾配の階段を歩いて登り、景色を堪能した。
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***
地図を開く。 うん、この北東風なら、少し南下すれば風裏でカヤックを漕げる場所があるかも!
特に宛てはないが、出艇場所を探してクルマを走らせた。
お! ここはなかなか良さそうだ。 『田井ノ浜』
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偶然見つけた浜だけど、景色も良くて今日は風裏。 穏やかな海。
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浜に居られた地元の方に伺うと、ここにクルマを停めても良いらしい。 またここは、南風が吹いたら良い波が立つのでサーファーが集まるスポットでもあるとの事。 『今日の風なら波は立たんし、あそこのスロープから出したらええよ』 『はい、ありがとうございました』
早速シーカヤックを降ろし、ツーリングの準備を完了。 独り静かに太平洋に漕ぎ出した。
うーん、この岩の雰囲気、コバルトブルーに輝く海の色と鮮やかな新緑、そして晴れ渡った空。 いやはや、なんとも、最高である!
***
岬を回った所に浜があった。 近付くと、袋を手にしたおじいさんが浜を歩いている。
『こんにちは』 すると、『おお、この船は速そうじゃなあ。 どっから来られた?』
『はい、田井ノ浜から漕いで来ました。 今日は、蒲生田岬を漕ごうと思うとったんですが、北東が強くて諦めたんです』
『あそこは、風が強い所じゃから。 ここも、今日の風なら波は立たんが、ハエ(南風)が吹いたら波が立つ』 『今日は、テングサを拾いよるんよ。 南風が吹いたらテングサが海から打ち上げられるじゃろう』 シーカヤックを浜に揚げ、しばし立ち話。
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『このフネは早いなあ』 『ええ、長さがあって幅が狭いでしょう。 時速で7キロくらい、一生懸命漕げば10キロ位出ますからねえ』
『ひっくり返ったりせんのんか?』 『はい、幅は狭いんですけど、パドルが長いから、その分安定性が高いんだと思います。 今日は空荷ですけど、荷物を積んだら重心が下がってすごく安定しますよ。 津軽海峡の凄い波の中も漕いだことがあるんですが、ひっくり返りませんでした』
『波は入ってこんのか』 『ええ、漕ぐ時はこのカバーを付けるんです。 すると波は打ち込んでこない』 『なるほど』
『こっちの櫂は?』 『予備用です。 こっちが折れたり流されたりしたとき用に』
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『ところであんた、学生さんか?』
これまでも何度か『学生さんか?』と聞かれたことがある。 さすがに見た目はオヤジなのだが、平日の昼間に海を一人で旅するなんて、まともな社会人じゃないと思われるのであろう。
『ところであんた、学生さんか?』 苦笑いしながら、『いえいえ、普通の会社員です。 もう連休なんで』
『ほう! じゃああんたはええ会社に勤めとるんじゃろう。 普通なら今日はまだ仕事じゃ』 『まあ、ええかどうかは知らんですが、連休だけはそこそこ長いですね』
***
『あのう、漁師さんなんですか?』 『今は引退したけど、それまでは漁師やったよ』
『このあたりでは、どんな漁をされよったんですか?』 『前はのう、”藻ジャコ”漁をやりよった』
『”藻ジャコ”って何ですか?』 『海藻に付いたブリの子供よ。 これを採って、養殖業者に卸しよった。 だいたい5月頃が季節で、わしらも潮岬の方まで採りにいきよったもんじゃ』
『ハマチの養殖が盛んじゃった頃は良かったが、その後どんどん値が下がってしもうて駄目じゃ。 今じゃあ、漁師も減ってしもうて。 よっぽど子供がやりたい言うたら別やけど、漁師を継がせる人はほとんど居らんよ』 『確かに。 日本海をシーカヤックで旅した時も、漁師さんがそう言うとられました。 魚は安い、油は高い。 とんと儲けにならん。 船を出すのは、定年して年金暮らしの人ばかりじゃ、言うて』 『そうじゃろ、そうじゃろ』
『少子化じゃ何じゃ言うとるけど、人は結婚せんようになっとるし、子供は減るし、そのうち漁師はおらんようなって、日本は滅びるんじゃないかのう』 『漁師さんだけじゃなくて、農業も高齢化が進んで将来やる人が居らんようになるんじゃないか言うてニュースで言いよったですよ。 それに最近は水産業や農業なんかでも、外国人の人が増えよります。 日本の若い人はあまりやらんみたいですね』
『ほんまに日本は滅びるんじゃないかのうと心配しとる。 最近は、志(こころざし)のある政治家が居らんよのう』
話が弾み、そのうちおじいさんは浜に座り込んだ。 私もつられて座り込み、四方山話は続く!
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『若い頃はどうされよったんですか? やっぱり漁師さんですか?』 『ああ、最初は東シナ海の底引き網船に乗って、漁に行きよった』
『その頃は、まだ朝鮮半島の人らは漁には出よらんかった』 『それが、日本が中古の船を売ってから、漁に出て来るようになったんよ』 『日本の政府は貧しかったからのう。 中古の船を売って儲けよう思うたんかのう』
『その頃は、楽しかったでしょう!』 『ほうよのう。 魚も多かったし、水揚げの時は天草辺りに上陸して、船が出るまで数日間遊んだもんよ。 ハッハッハッ』 『天草は、当時は賑やかじゃったんですか?』 『おお、船が魚を揚げよったし、賑やかな町やったよ』
『漁師は安定しとらんし、農家やったらイザとなったら土地を売るゆうこともできるが、漁師は海を売る事はできん』 『そりゃあそうですね』
『でも、自分の思うように自由にできるいうのはええよ』『なるほど。 漁師さんは一人親方ですもんね。 やっぱり魚を獲るんが好きじゃから、あまり金にはならんでも続けられるんでしょうねえ』
『ほうよ。 漁師は一人親方、子分無し、じゃ』と笑う。
『ここの土地には長いんですか?』 『うん、うちの家は古くからここ。 かなり昔からここに住んどったみたいじゃのう』 『阿波水軍の末裔じゃという話もある。 まあ、これは証拠がある訳でもないけどなあ』
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『この辺りは、今はどんな漁なんですか?』 『今は、アマダイや鯛。 それでも卸値は上がらんし、なかなか儲けにはならんね。 若い漁師らの漁を見よったらもどかしいし、言いたい事もいろいろあるけれど、もう引退した身じゃけえ口は出さんようにしとる』
『ここは、台風が来たら荒れる。 あそこにハエがあるじゃろう。 あれは烏帽子岩いうて言いよったんよ。 それが台風で折れてああなった』
『このあたりは、土佐日記を書いた紀貫之が歩いた場所でもある』 『わしゃあ、短歌や俳句もやる。 息子の子供が、山頭火の古い本があったよねえて言うから、あるよ、言うたんよ。 そしたらその本をくれえいうけえ、ええよ言うてやったんよ』
『山頭火ですか! ええですねえ。 ”どうしようもないわたしが歩いてゐる(山頭火)” 自由に旅に生きる人にはたまらんですよねえ』 『ハッハッハ! 確かにそうじゃの』
『この辺りの町も、昔は栄えとったんですか?』 『おお、ここはええ湊じゃいうて、いろいろな船が寄りよった。 子供の頃にはまだ遊郭が残っておった』
『昔は”テングス売り”も来よったなあ』 『テングスって、天蚕糸(テグス)の事ですよね! あの蚕から取れる』 『そうよ。 前は、テングス売りがあちらこちらを回って商売しよった』 本では読んだことがあるが、テグス売り/テングス売りの話を直接聞かせていただいたのは初めてである。 貴重なお話。
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偶然に浜で出会った元漁師のおじいちゃん。 『あんたは ”旅の人” じゃから、恥もなにもないが』と言う事で、若い頃の楽しく興味深いお話も伺った。 ここには書く事は出来ないが、『えー、そりゃあええですねえ! うらやましいなあ』 『アハハ、そんな事もあったんですか!』 『いやあ、たまらんですねえ!』 浜に二人の笑い声が響く。
『この年になってなんじゃけど、やっぱり若い頃にもっと遊んどったらえかったなあ、って思うんよ』 『えー、これまで充分に遊んどられるじゃないですか!』 『でものう、歳をとって体が動かんようになったら、やっぱりそう思うもんよ』
昔から現在までの漁の事、今の社会の状況、遊びの話から山頭火、紀貫之まで。 話題の幅が広く、自分の経験に基づいているから話が深く、そして面白い。
一生懸命漁に取り組み、遊びを心底楽しみ、様々な事に興味を持ってチャレンジして経験を積むと、こんな文化系漁師さんになれるのだろうか。 うーん、ええなあ。 わたしもこんな懐が深く魅力的なジイさんになりたいものである。
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四方山話で盛り上がり、時計を見るともう30分以上過ぎている。
『どうもありがとうございました! いろいろなお話を伺うことができ、おかげさまでとても楽しかったです』 『こっちこそ、長う引き止めて悪かったのう。 気をつけて行きや!』
いやいや、引き止めていただいて、こちらこそ感謝の気持ちでいっぱいである。
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『さて、どちらへ行かう 風が吹く(山頭火)』 北東風が強く、予定していた蒲生田岬ルートを諦めて偶然訪れた『田井ノ浜』
今回は、北東風に導かれてこの元漁師さんにお話を伺うことができた。 偶然のように見えて、出会うべき人に出会う事ができた旅。
『あるくみるきく_旅するシーカヤック』、至福の一時。