『のお。 今度の11月8日じゃが、わしゃあ有休を取ろう思うとるんじゃ』 『そうなん』
『せっかくじゃけえ、どっか泊まりに行こうかのう』と、宿を探していると、『おお! こんな宿があるで』 『えー、どんなとこ?』
二人でMacBookProの画面を見ながら、『へえ、ええ値段じゃねえ』 『ほんまじゃのう。 どうや、せっかくやから行ってみるか?』
『えー、ほんまに』 『ええじゃあなあか。 お前も休みを取れよ。 どうのこうの言うても、50年に一度の事じゃけん』
2013年11月8日(金) 老夫婦二人を乗せたロードスターは、幌を下ろして北へと向かう。
戸河内ICで高速道路を降り、まずは恐羅漢へ。 『俺、前から一度恐羅漢へ行ってみたかったんじゃ』
狭くて曲がりくねった山道を走ると、残念ながら曇り空ではあるが、時折絶景が眼に飛び込んでくる。
そんな時はクルマを停めて降り、しばし秋の中国山地の景色を堪能。 『好い景色だねえ』
恐羅漢のスキー場まで行き、今度は日本海まで下る道すがら。
俺好みの紅葉スポットにロードスターを停め、雲の切れ間から太陽が覗くのを待つと、その瞬間が!
『いやあ、恐羅漢まで足を延ばして正解やったのう』
中国山地を降りてしばらく走ると、今度は日本海。
恐羅漢の紅葉と、日本海のブルーのコントラストが堪らない。
その後、須佐のホルンフェルスにも立ち寄り、海を堪能。
『お、あそこまで降りる事ができるみたいやな。 せっかくやから、行ってみようか』
今日はうねりが入る日本海。 時折凄い波が打ち寄せ、凄い迫力である。 『ザップーン、ドッパーン』
***
今日はロードスターに、ドライブ用のCDを新たに積んで来た。
家を出てから高速道路を降りるまではクラシック。
高速道路を降りてから、中国山地を越えて宿までは、松田聖子、佐野元春、森高千里、椎名林檎。
妻のお気に入りは、松田聖子。
俺の想い出は、森高千里。
まだ子供達が小さかった俺が30歳前後の頃、ワンボックスカーでキャンプやデイキャンプに行く道すがら、よく利いていたCDである。
一番お気に入りの曲が、『私がオバサンになっても』
オープンカーが欲しかった俺は、家族を乗せたワンボックスカーを運転しながらこの曲を聴いて、いつか俺もと思っていたのだ。
今日は、ロードスターの幌を下ろしてドライブしながら、懐かしい歌を聴く。
『私がオバさんになっても、ドライブに連れてって~。 オープンカーの屋根外して、格好良く走ってよ~』 『私がオバさんになったら、あなたはオジさんよ~。 カッコいい事ばかり言っても、お腹が出てくるのよ~』
いやあ、時が経って本当にオジさんとオバさんになってしまったが、そしてオープンカーを運転しても俺は格好良くはないが、それでも約20年前の夢がかなったんだなあ。 感涙!
***
午後2時前。 予約していた宿に到着。
今日の宿は、長門湯本温泉にある、大谷山荘の別邸、音信(otozure/おとずれ)。
幌を下ろしたロードスターで門をくぐり、宿の玄関に付けると、宿の方が近寄って来られた。
名前を告げ、荷物を降ろすと、『では、よろしければ車の方はこちらで移動させておきますが』 『では、お願いします』
重厚な扉が自動で開き、玄関を入ると驚きの空間。 『おお、これは』
まずは、茶室へと案内される。
『では、お好きな所でおくつろぎください』 待っていると、お菓子が運ばれてきた。
久し振りに、『クロモジ』で頂く和菓子。 『お、これ美味しいね』と、妻と顔を見合わせる。
そして、薄茶。 きめ細かな泡が美しい。 いただきます。 『ズズスイーッ』 『ズッ ズッ ズルーッ』と、泡まで美味しくいただいた。
***
『では、部屋までご案内します』 茶室から移動し、まずはデスクへ。 ここで、チェックイン。
申し込み時に記載した情報を確認しながら、『間違いないようでしたら、名前を年齢をお願いします』
『はい』と言って名前を記入し、年齢の欄に【50】と書きながら『そうか、今日から50歳って書かないといけないんだね』と苦笑い。
再び、部屋へと案内していただく。
歩き進める度に、眼に飛び込んでくる光景が素晴らしい。 感動、そしてまた感動。
部屋に入ると、もうそこは別世界。
薄手のカーテンを開けると、
そこには、まるで絵画の様な景色が広がる。 『これは。。。 素晴らしい』 絶句である。
部屋には、専用の露天風呂も備え付け。
まずは、冷蔵庫からビールを取り出し、妻と二人で乾杯である。
『じゃあ、乾杯! おめでとう』と妻。 『どうもありがとう。 50年間生きてきて、これは最高の誕生日だね』
先週末は島根半島の浜でテントを張り、独りでキャンプツーリングを楽しんだのだが、この週末は全く異なる世界の音信/otozure。
人生、このコントラストがまた楽しいじゃないか。
***
部屋ではすぐに時計を外し、この音信/otozureの世界を時刻を気にする事無く楽しむ事に。
美しい景色を眺めながらビールを飲むと、『じゃあ、そろそろお風呂に入りに行こうか?』
この宿では、俺たち二人分のカードキーを渡してくれている。
それなので、いつもなら『じゃあ、何時にどこそこで待ち合わせしよう』という会話になるのだが、ここでは『どれくらい入る?』 『鍵が二つあるんだから、それぞれ入りたいだけ入って部屋に戻ろうや』 『なるほど、そうじゃね』
と、自由な時間が過ごせるのである。
さらには、玄関を入って靴を脱ぐと、そこからは靴下か部屋に置いてある足袋で施設内を歩くことができる。
多くの旅館は、部屋まで靴で行き、靴を抜いて部屋に上がる。 そして、部屋から出て館内を歩くときは、靴かスリッパなのであるが、ここ音信では足袋なのだ。
この、スリッパを履かずに館内を歩くことができることの自由さと快適さを、この宿で初めて知ることができた。 『これって素晴らしいよね』
そして館内には自動販売機は無く、部屋の冷蔵庫にはビール、水、ジュースなどなど、充分な量のフリードリンクが準備されている。
広い施設で部屋数も少なく、館内で他のお客さんとすれ違う事も少なく、とても静かな時間を楽しむことができるのである。
すべてが『非日常』 なんとも素晴らしい工夫/演出である。
***
宿の温泉にゆっくりと浸かり、岩盤浴で汗を流し、まったりさっぱり。
部屋に戻ると、まだ妻は帰ってきていない。
俺は、冷蔵庫からビールを取り出し、一人グビリ。 『あー、最高やなあ!』
***
夕方、6時半から食事。
大谷山荘別館ではあるが、本館とは別物と考えてもらって良いとのコンセプトを具体的に示すように、音信専用の食事スペースがある。
まずは、精進料理の一式。 いずれも美味しくいただいた。
妻とビールで乾杯した後は、山口名物の名酒、獺祭。
酒に弱く、日本酒が飲めない妻も、『あ、これなら飲める!』と美味しそうにチビリチビリ。
その後も、趣向を凝らした料理が、適切なタイミングで運ばれてくる。
そして、吸物。
俺はこれを一口啜り、お椀の中に沈んでいるレンコンとホタテで出来ているという練り物をいただいた瞬間、『あー、なんじゃこれは』と感激し、自然に独り呟いていた。
それを観た妻は、『ねえ、泣かないでよお』と笑い。
『俺、これまで50年生きてきたけど、こんな旨い吸物を食べたのは初めて。 魚の出汁が利いて、飲んだ後に体に滲みる吸い物は確かにあったけど、これは別次元。 本当に、俺は今感動しているよ』 確かに、眼は微かに潤んでいる。
これまで俺は、ちょっと魚のアラやなにかで出汁をとった汁が吸い物だとばかり信じていたのだが、それが大きな間違いである事を知る事になった。
『こんな吸い物があったなんて』 感涙!
***
刺身は、氷を刳り貫いて鎌倉のように仕立てた中に綺麗に盛りつけられている。 横の小鉢にはフクも。
『あー、なにこれ! この焼き目の香ばしさと、トロの旨味。 凄すぎる』
肉料理は、下に加熱された石が置かれており、暖かい状態がキープされる。
運んで下さった方が『この塩は、長門の”百姓の塩”です』 『え、そうなんですか! この塩を作っている人は知り合いなんです』
刺身は、冷たいものは冷たく、 そして肉は、暖かいものは暖かく。 料理を供する人の基本なのではあろうが、本当に美味しいものを美味しい状態で食べてもらいたい、眼でも舌でも楽しんでもらいたいという、総料理長さんの気持ちが伝わってくる素晴らしい最高の料理。
感涙!
***
フク唐揚げ。
鍋。
ご飯と漬け物、そして汁。 『あ、このお漬け物、とても美味しいよ』と妻。
〆は、デザート。 これまた、何も言うことは無い。
『ごちそうさまでした!』
***
食事を終えると、大満足した妻と私は部屋へ。
『ちょっと、CDと本でも借りに行こうか』
一階にある文庫へ行き、本を借りる。 今日は、ピカソの画と説明が記された本をセレクト。
部屋に戻り、本を開く。
へえ、ピカソって、身長が低くてガッチリ体型、眼が印象的で坊主頭だったんだって。
ゲルニカ。 やはりピカソは素晴らしい。
***
これまでの人生で最高の晩ご飯を頂いた後は、部屋でピカソの画集を楽しみ、ゆっくり休憩した。
その後お風呂に入り、夜のお楽しみであるBarへ。
しばし1Fを散策して席に着く。
俺は、マティーニを注文。
妻は、シャンパンとオレンジジュースのカクテル。
『乾杯!』
しばしBarでお酒を楽しみ、部屋へ戻る。
部屋では、低い音量でジャズやクラシックを流し、ビールを飲みながら本を開く。
気が付くともう12時近い。 『そろそろ寝ようか。 オヤスミナサイ』
***
2013年11月9日(土) 朝起きると、なんと6時半。 いつもなら、4時半頃には目が覚めているのだが。。。
さすがに昨日は、あまりに素晴らしい宿で過ごす時間を久し振りに夜遅くまで楽しんだので、グッスリ眠ることができたようである。
電動のカーテンを開けると、
そこには再び、昨日から慣れ親しんで、お気に入りになった景色が眼に飛び込んでくる。
朝食。
この会場は、本当に個室っぽくて雰囲気が良い。
そして、これが朝ご飯。 『いやあ、これは充実しているなあ』
後から運ばれてきた、ご飯、味噌汁、出汁巻き卵、西京焼。 『おー、これだけでも充分な朝ご飯や』
そして食べ始めると、『お、この西京漬旨いなあ』 『出汁巻き卵も美味しいよ』
『あー、なにこの梅干し』 『やっぱり、出汁が美味いと全ての料理がおいしいな』 『ごちそうさまでした』
食後には、なんと誕生日プレゼントという事で、スタッフの方から一輪挿しとそれにさした花を頂いた。
『ほんとうに、お誕生日おめでとうございます』 『いやあ、お恥ずかしい。 でも、こんなものいただいて、本当にありがとう。 嬉しいです』
部屋に戻り、しばし休憩。
今日も晴れの様で、窓の外は気持ちの良い景色。
CDを掛けながら、本を開く。 今日は、久し振りに眼を通す『カーバーズ・ダズン(村上春樹)』
11時前。 荷物を片付け、部屋を出る。
『本当に、夢の様な二日間だったね』と俺。 『これは石庭を越えたよね』と妻。
まさか、長門湯本にこんな素敵な宿があったとは!
ロードスターに、リモワのスーツケースを積み、幌を下ろしてジャケットを着け、『本当に、夢の様な二日間でした。 ありがとうございました』
『いいえ、こちらこそありがとうごさいました。 ぜひまたいらして下さい』
***
帰りは津和野経由。
印象派シーカヤッカーとしては、お気に入りの葛飾北斎美術館を見学。
今回お世話になった、長門湯本温泉 別邸 音信(おとずれ)。
美しい景色を眺めながら、静かな空間で本を開き/音楽を聴き、これまでで最高においしい料理をいただき、温泉と岩盤浴をゆっくりと楽しみ、大切な妻と二人で、まるで夢の様な二日間を過ごす事ができた。
『俺が50年間生きて来られたのは、お前のおかげだよ。 本当に、感謝している』 『また来年か再来年には、ぜったい泊まりに来ような』
楽しみだ!
『せっかくじゃけえ、どっか泊まりに行こうかのう』と、宿を探していると、『おお! こんな宿があるで』 『えー、どんなとこ?』
二人でMacBookProの画面を見ながら、『へえ、ええ値段じゃねえ』 『ほんまじゃのう。 どうや、せっかくやから行ってみるか?』
『えー、ほんまに』 『ええじゃあなあか。 お前も休みを取れよ。 どうのこうの言うても、50年に一度の事じゃけん』
2013年11月8日(金) 老夫婦二人を乗せたロードスターは、幌を下ろして北へと向かう。
戸河内ICで高速道路を降り、まずは恐羅漢へ。 『俺、前から一度恐羅漢へ行ってみたかったんじゃ』
狭くて曲がりくねった山道を走ると、残念ながら曇り空ではあるが、時折絶景が眼に飛び込んでくる。
そんな時はクルマを停めて降り、しばし秋の中国山地の景色を堪能。 『好い景色だねえ』
恐羅漢のスキー場まで行き、今度は日本海まで下る道すがら。
俺好みの紅葉スポットにロードスターを停め、雲の切れ間から太陽が覗くのを待つと、その瞬間が!
『いやあ、恐羅漢まで足を延ばして正解やったのう』
中国山地を降りてしばらく走ると、今度は日本海。
恐羅漢の紅葉と、日本海のブルーのコントラストが堪らない。
その後、須佐のホルンフェルスにも立ち寄り、海を堪能。
『お、あそこまで降りる事ができるみたいやな。 せっかくやから、行ってみようか』
今日はうねりが入る日本海。 時折凄い波が打ち寄せ、凄い迫力である。 『ザップーン、ドッパーン』
***
今日はロードスターに、ドライブ用のCDを新たに積んで来た。
家を出てから高速道路を降りるまではクラシック。
高速道路を降りてから、中国山地を越えて宿までは、松田聖子、佐野元春、森高千里、椎名林檎。
妻のお気に入りは、松田聖子。
俺の想い出は、森高千里。
まだ子供達が小さかった俺が30歳前後の頃、ワンボックスカーでキャンプやデイキャンプに行く道すがら、よく利いていたCDである。
一番お気に入りの曲が、『私がオバサンになっても』
オープンカーが欲しかった俺は、家族を乗せたワンボックスカーを運転しながらこの曲を聴いて、いつか俺もと思っていたのだ。
今日は、ロードスターの幌を下ろしてドライブしながら、懐かしい歌を聴く。
『私がオバさんになっても、ドライブに連れてって~。 オープンカーの屋根外して、格好良く走ってよ~』 『私がオバさんになったら、あなたはオジさんよ~。 カッコいい事ばかり言っても、お腹が出てくるのよ~』
いやあ、時が経って本当にオジさんとオバさんになってしまったが、そしてオープンカーを運転しても俺は格好良くはないが、それでも約20年前の夢がかなったんだなあ。 感涙!
***
午後2時前。 予約していた宿に到着。
今日の宿は、長門湯本温泉にある、大谷山荘の別邸、音信(otozure/おとずれ)。
幌を下ろしたロードスターで門をくぐり、宿の玄関に付けると、宿の方が近寄って来られた。
名前を告げ、荷物を降ろすと、『では、よろしければ車の方はこちらで移動させておきますが』 『では、お願いします』
重厚な扉が自動で開き、玄関を入ると驚きの空間。 『おお、これは』
まずは、茶室へと案内される。
『では、お好きな所でおくつろぎください』 待っていると、お菓子が運ばれてきた。
久し振りに、『クロモジ』で頂く和菓子。 『お、これ美味しいね』と、妻と顔を見合わせる。
そして、薄茶。 きめ細かな泡が美しい。 いただきます。 『ズズスイーッ』 『ズッ ズッ ズルーッ』と、泡まで美味しくいただいた。
***
『では、部屋までご案内します』 茶室から移動し、まずはデスクへ。 ここで、チェックイン。
申し込み時に記載した情報を確認しながら、『間違いないようでしたら、名前を年齢をお願いします』
『はい』と言って名前を記入し、年齢の欄に【50】と書きながら『そうか、今日から50歳って書かないといけないんだね』と苦笑い。
再び、部屋へと案内していただく。
歩き進める度に、眼に飛び込んでくる光景が素晴らしい。 感動、そしてまた感動。
部屋に入ると、もうそこは別世界。
薄手のカーテンを開けると、
そこには、まるで絵画の様な景色が広がる。 『これは。。。 素晴らしい』 絶句である。
部屋には、専用の露天風呂も備え付け。
まずは、冷蔵庫からビールを取り出し、妻と二人で乾杯である。
『じゃあ、乾杯! おめでとう』と妻。 『どうもありがとう。 50年間生きてきて、これは最高の誕生日だね』
先週末は島根半島の浜でテントを張り、独りでキャンプツーリングを楽しんだのだが、この週末は全く異なる世界の音信/otozure。
人生、このコントラストがまた楽しいじゃないか。
***
部屋ではすぐに時計を外し、この音信/otozureの世界を時刻を気にする事無く楽しむ事に。
美しい景色を眺めながらビールを飲むと、『じゃあ、そろそろお風呂に入りに行こうか?』
この宿では、俺たち二人分のカードキーを渡してくれている。
それなので、いつもなら『じゃあ、何時にどこそこで待ち合わせしよう』という会話になるのだが、ここでは『どれくらい入る?』 『鍵が二つあるんだから、それぞれ入りたいだけ入って部屋に戻ろうや』 『なるほど、そうじゃね』
と、自由な時間が過ごせるのである。
さらには、玄関を入って靴を脱ぐと、そこからは靴下か部屋に置いてある足袋で施設内を歩くことができる。
多くの旅館は、部屋まで靴で行き、靴を抜いて部屋に上がる。 そして、部屋から出て館内を歩くときは、靴かスリッパなのであるが、ここ音信では足袋なのだ。
この、スリッパを履かずに館内を歩くことができることの自由さと快適さを、この宿で初めて知ることができた。 『これって素晴らしいよね』
そして館内には自動販売機は無く、部屋の冷蔵庫にはビール、水、ジュースなどなど、充分な量のフリードリンクが準備されている。
広い施設で部屋数も少なく、館内で他のお客さんとすれ違う事も少なく、とても静かな時間を楽しむことができるのである。
すべてが『非日常』 なんとも素晴らしい工夫/演出である。
***
宿の温泉にゆっくりと浸かり、岩盤浴で汗を流し、まったりさっぱり。
部屋に戻ると、まだ妻は帰ってきていない。
俺は、冷蔵庫からビールを取り出し、一人グビリ。 『あー、最高やなあ!』
***
夕方、6時半から食事。
大谷山荘別館ではあるが、本館とは別物と考えてもらって良いとのコンセプトを具体的に示すように、音信専用の食事スペースがある。
まずは、精進料理の一式。 いずれも美味しくいただいた。
妻とビールで乾杯した後は、山口名物の名酒、獺祭。
酒に弱く、日本酒が飲めない妻も、『あ、これなら飲める!』と美味しそうにチビリチビリ。
その後も、趣向を凝らした料理が、適切なタイミングで運ばれてくる。
そして、吸物。
俺はこれを一口啜り、お椀の中に沈んでいるレンコンとホタテで出来ているという練り物をいただいた瞬間、『あー、なんじゃこれは』と感激し、自然に独り呟いていた。
それを観た妻は、『ねえ、泣かないでよお』と笑い。
『俺、これまで50年生きてきたけど、こんな旨い吸物を食べたのは初めて。 魚の出汁が利いて、飲んだ後に体に滲みる吸い物は確かにあったけど、これは別次元。 本当に、俺は今感動しているよ』 確かに、眼は微かに潤んでいる。
これまで俺は、ちょっと魚のアラやなにかで出汁をとった汁が吸い物だとばかり信じていたのだが、それが大きな間違いである事を知る事になった。
『こんな吸い物があったなんて』 感涙!
***
刺身は、氷を刳り貫いて鎌倉のように仕立てた中に綺麗に盛りつけられている。 横の小鉢にはフクも。
『あー、なにこれ! この焼き目の香ばしさと、トロの旨味。 凄すぎる』
肉料理は、下に加熱された石が置かれており、暖かい状態がキープされる。
運んで下さった方が『この塩は、長門の”百姓の塩”です』 『え、そうなんですか! この塩を作っている人は知り合いなんです』
刺身は、冷たいものは冷たく、 そして肉は、暖かいものは暖かく。 料理を供する人の基本なのではあろうが、本当に美味しいものを美味しい状態で食べてもらいたい、眼でも舌でも楽しんでもらいたいという、総料理長さんの気持ちが伝わってくる素晴らしい最高の料理。
感涙!
***
フク唐揚げ。
鍋。
ご飯と漬け物、そして汁。 『あ、このお漬け物、とても美味しいよ』と妻。
〆は、デザート。 これまた、何も言うことは無い。
『ごちそうさまでした!』
***
食事を終えると、大満足した妻と私は部屋へ。
『ちょっと、CDと本でも借りに行こうか』
一階にある文庫へ行き、本を借りる。 今日は、ピカソの画と説明が記された本をセレクト。
部屋に戻り、本を開く。
へえ、ピカソって、身長が低くてガッチリ体型、眼が印象的で坊主頭だったんだって。
ゲルニカ。 やはりピカソは素晴らしい。
***
これまでの人生で最高の晩ご飯を頂いた後は、部屋でピカソの画集を楽しみ、ゆっくり休憩した。
その後お風呂に入り、夜のお楽しみであるBarへ。
しばし1Fを散策して席に着く。
俺は、マティーニを注文。
妻は、シャンパンとオレンジジュースのカクテル。
『乾杯!』
しばしBarでお酒を楽しみ、部屋へ戻る。
部屋では、低い音量でジャズやクラシックを流し、ビールを飲みながら本を開く。
気が付くともう12時近い。 『そろそろ寝ようか。 オヤスミナサイ』
***
2013年11月9日(土) 朝起きると、なんと6時半。 いつもなら、4時半頃には目が覚めているのだが。。。
さすがに昨日は、あまりに素晴らしい宿で過ごす時間を久し振りに夜遅くまで楽しんだので、グッスリ眠ることができたようである。
電動のカーテンを開けると、
そこには再び、昨日から慣れ親しんで、お気に入りになった景色が眼に飛び込んでくる。
朝食。
この会場は、本当に個室っぽくて雰囲気が良い。
そして、これが朝ご飯。 『いやあ、これは充実しているなあ』
後から運ばれてきた、ご飯、味噌汁、出汁巻き卵、西京焼。 『おー、これだけでも充分な朝ご飯や』
そして食べ始めると、『お、この西京漬旨いなあ』 『出汁巻き卵も美味しいよ』
『あー、なにこの梅干し』 『やっぱり、出汁が美味いと全ての料理がおいしいな』 『ごちそうさまでした』
食後には、なんと誕生日プレゼントという事で、スタッフの方から一輪挿しとそれにさした花を頂いた。
『ほんとうに、お誕生日おめでとうございます』 『いやあ、お恥ずかしい。 でも、こんなものいただいて、本当にありがとう。 嬉しいです』
部屋に戻り、しばし休憩。
今日も晴れの様で、窓の外は気持ちの良い景色。
CDを掛けながら、本を開く。 今日は、久し振りに眼を通す『カーバーズ・ダズン(村上春樹)』
11時前。 荷物を片付け、部屋を出る。
『本当に、夢の様な二日間だったね』と俺。 『これは石庭を越えたよね』と妻。
まさか、長門湯本にこんな素敵な宿があったとは!
ロードスターに、リモワのスーツケースを積み、幌を下ろしてジャケットを着け、『本当に、夢の様な二日間でした。 ありがとうございました』
『いいえ、こちらこそありがとうごさいました。 ぜひまたいらして下さい』
***
帰りは津和野経由。
印象派シーカヤッカーとしては、お気に入りの葛飾北斎美術館を見学。
今回お世話になった、長門湯本温泉 別邸 音信(おとずれ)。
美しい景色を眺めながら、静かな空間で本を開き/音楽を聴き、これまでで最高においしい料理をいただき、温泉と岩盤浴をゆっくりと楽しみ、大切な妻と二人で、まるで夢の様な二日間を過ごす事ができた。
『俺が50年間生きて来られたのは、お前のおかげだよ。 本当に、感謝している』 『また来年か再来年には、ぜったい泊まりに来ような』
楽しみだ!